2012年5月13日日曜日

『バットマンビギンズ』で悪の根源について考える

何が善なのかわからない世の中おいて、「困っている人を助けること」が普遍的な善だといったん仮定しましょう。(断定してしまうと、みなさんの考える余地がなくなってしまうのであくまでも仮定)
善を説明する際、クレヨンしんちゃんの話をしましたが…「しんちゃん」こと「野原しんのすけ」の父、野原ひろしは正義について、こんなことを言っています。

「正義の反対は悪なんかじゃないんだ。正義の反対はまた別の正義なんだよ。」

自分自身が正しいと思うことを行うことが絶対的な正義であるとして押し進めたら、それは正義ではなく独善的行動ということになるでしょう。昨年度、講義のなかで、ある男子学生さんが「自分が正義だと思ってグレた友人を糾弾したら、結果的にその友人を見捨てることになり、とても後悔した。これからは善と悪の隣人でいたい」と意見を出してくれました。
 
人間には「愚行権」という権利がありまして、正義だ正義だ、といってそれを振りかざすことは、相手の「ダメになる自由」を侵害することになってしまいます。

それに、グレた友達にはグレるだけの理由があったはずで(家庭の問題、教師との関係、友人関係、失恋など)その理由を探っていくことで、善でも悪でもない解決方法があったはずなんですね。悪にもさまざまなケースがあり、「真っ黒」というケースよりはグレーゾーンの中で踏み越えてしまうというパターンが多いのではないでしょうか。
しかし、「これが悪」という定義を仮定できないこともありません。倫理学者の大庭健は悪について考える手がかりを著書『善と悪』のなかで提示しています。

「悪によって痛めつけられる」という事態を少しだけでも明らかにするには、多様な手がかりがある。例えば、
*大切なもの(価値あるものごと)を奪われて、傷つく
*切実な欲求の充足を妨げられて、失意に悩む
*基本的な権利をふみにじられて、ダメージをこうむる
                    大庭健『善と悪』より

映画『バットマン ビギンズ』では、のちにバットマンとなるブルース・ウェインが幼少期に両親が殺される場面から始まります。ブルースは何の罪もないのに「悪によって痛めつけられる」ことになるのです。両親という大切な存在を奪われ、ダメージをこうむりました。これは、誰がどう見ても「悪」です。もし、仮に、ブルースの両親が悪の限りを尽くしていたならば、復讐されても仕方がない、と考えることもできますが、ブルースの両親は2人とも善行の人でした。

ブルースは当初、両親を殺した犯人に対する復讐(犯人を殺すこと)を考えていました。しかし、それをしてしまうと、今度はブルースが「悪」となってしまいます。たとえ犯罪者であっても、法律の適応される範囲を超えて、悪人に鉄槌を下すことは、下した方が「悪」となってしまいます。
犯人側の「法律の範囲内で裁かれ、処分を受ける」という基本的な権利をふみにじることになるからです。

『バットマン ビギンズ』において、ブルースの両親を殺したチルという男は、貧困ゆえに犯罪に手を染めたと、裁判で証言します。他に理由はありません。撲滅すべきなのはバットマンの舞台となる「ゴッサム・シティの貧困問題」であり、犯罪者チルは貧困問題の犠牲者でもあるのです。

恋人レイチェルの進言もあってか、そのことに気づき、悩みに悩んだブルースは、チベットで心身共に修行を積んで、のちに正義の味方バットマンとなります。そして、ゴッサム・シティの人々全体の幸福のために骨身を削っていくことになります。


昨年度、講義が進んでいくなかで、ある男子学生が「悪の分類表」を提示してくれました。

1.必然的な悪(貧困など)
2.偶然的な悪(故意的ではない)
3.価値観の違い(宗教・文化など)
4.他者への恨み

このように順を追って考えていくと、悪の根のひとつは「貧困問題」ではないのか?と考えされられることになります。

とはいえ、悪の根源は貧困だけではないとは思います。「愛があればお金がなくても幸せ」という人は確かにいるだろうし、それは各々の価値観によるものだとは思います。
しかし、お金が無いことが「愛」の枯渇に繋がるケースも、もしかしたらあるかもしれません。お金を稼ぐため、仕方なく劣悪な労働環境に置かれた親のもとで育った子供は、悩みを抱えていても十分に家族に話を聞いてもらえず、結果的に破滅的な選択をしてしまうことがあります。

また、本や音楽、映画や美術などの文化資本に触れるにもお金がかかります。そのような機会に恵まれなかったために、安易な方法で快楽を求めるしか楽しみがなくなる人だっています。それになにより、「お腹が減ったが稼ぐ手段すらないので、メシの種を得るために仕方なく悪に手を染める」とうことだってあるからです。
そのような条件下に置かれた場合、「より弱いもの」に八つ当たりし、何らかの方法で自分の生活レベルより上に行こうとする者を潰そうとすることは仕方ないことでもあるように思えます。

お金で買えない価値のほうが、お金で買えるものよりも大切ではありますが、それでも、格差の問題は、いじめ問題の根として這っているように思えます。
私が不登校の中学生が通うフリースクールで哲学を教えていた時に、2人の男子学生が生徒として来ていました。一人の男子学生はいわゆる「お金持ちの子」で、親になんでも買ってもらえる条件下で育っていました。会話をしていても、「**インチのTVを買ってもらった」という話を何の悪意もなくしてしまうのです。私はこの無邪気さがとても愛らしいと思ったし、同じような環境の子供の中でならば、何の問題もなく学校に通うことができるのになぁ、と思いました。しかし、公立中学にはさまざまな環境で育った子がたくさんいます。「自分専用のTVを持っている」というだけでいじめのターゲットになってしまうことは安易に想像できます。
もう一人の学生は、「文化資本」を潤沢に持っている子でした。中学生にして洋楽を聴き、ヘミングウェーを読み、ギターを嗜む彼は、頭の回転が非常に良くて、大人が圧倒されるほどでした。「文化資本」によって充たされていることで、彼は早熟になり、周囲に馴染めないようでした。

お金の問題がいじめの問題に関係しているのならば、その「お金の問題」について、今回は考えてみたいと思います。

経済的格差を考える際にオススメなのがマイケル・ムーア監督の『キャピタリズム』です。このドキュメンタリー映画を観ていると、アメリカの格差の問題がどのように生まれてきたのかすんなりとわかります。
資本主義というものは、そもそも格差を生みやすい仕組みであることが、この映画でわかっていきます。この映画の中で印象的な場面は3つあります。まずは、サブプライムローンのせいで家を追われる人々の嘆きと、家を買い叩いていく不動産業者のドヤ顔(悪役のように描かれている)。

2つめは、なぜ世界同時不況が発生したかということを順を追って説明する場面。無知な者を、甘いCMで誘い込むアメリカの金融の世界。ハーバード大学の教授ですら仕組みを説明できないような複雑な金融商品をわざとつくって国民をケムに巻いたウォール街の暗部にメスを入れていきます。

3つめは、その解決策をマイケル・ムーア監督が提示している場面です。マイケル・ムーア監督は「企業内で利益を公平に分配している会社」を紹介し、格差社会の問題にひとつの解決策を見出そうとしているのです。 

たしかに、マイケル・ムーア監督が取り上げていた会社は上層部も現場の社員もとても幸福そうで、楽園のようにも見受けられました。

しかし、この会社。パン工場という職種であることに着目しなければならないと思います。材料を捏ねる機械を操作する社員、焼く機会を操作する社員、包装をする社員、それらの現場において人員を配置する人事係の社員。これらの社員が同じ利益配分でもある程度は納得がいきますが(サボる者がいないと仮定して)…もし、ある社員が「世界で一番美味しいパン」を研究開発し、企業に莫大な利益をもたらしたらどうなるでしょうか。


その社員には、しかるべき利益配分(昇進や昇給)が行われることが妥当のように思います。またさらに、この会社が「パン工場」ではなく、「広告会社」だったらどうなるでしょうか。人の心をつかむキャッチコピーを次々と生み出す社員。そうではない社員。これらが同じ利益配分だとしたら、それはもはや平等ではありません。


この「キャピタリズム」に取り上げられた企業について学生の意見を聞いてみると…

*資本主義社会のごく一部のシステムだからたまたま成立しているだけ。
*このようにもし、社会に平等を求めていくならば、蟻の行列になってしまう。もし、どうしても平等を求めるのならば、アダムとイブの時代までタイムスリップして、人類をそそのかした蛇をぶん殴ってくるしかない。

 などと、否定的な意見が出てきました。

資本主義は、もともと格差を生み出しやすい仕組みです。企業が利益を上げようとすればするほど、現場の人件費を削ることとなり、人件費を削られた労働者は同時に消費者でもありますので、全体的に消費の量が減り、企業のトップに近いものが利益を蓄えていく…というサイクルが出来上がるからです。しかし、だからといって、企業内での平等な利益配分を実現できるかといえば、今度は個人の能力差の問題になっていくことになります。

なお、資本主義と共産主義についてのまとめは
以下の本のマルクスの項目がオススメです。


↑この本の資本主義と共産主義についてのまとめは
146ページから157ページにかけて。

==要点をまとめるとこんな感じ========

*資本主義においては、毎年のように企業ができては
潰れ、最適化がおこなわれている。

*ではこれが共産主義だとどうなる?:この本では
 
ソビエトの解散について触れている

*マルクスが指摘した資本主義の問題点はたしかにある
*しかし、資本主義に代わるシステムを誰も思いついていない

 
*いまのところ、資本主義で生きていくしかない

*だからこそ、マルクスの問題提起も受け止めて考えて行くべき

=========================

次回は学校の問題に焦点を絞って
学校内のヒエラルキーについて書きたいと思います。







内藤理恵子の読書道:記事ラベル

宗教 鷹の爪 ガールズカルチャー 哲学 若者文化 仏教 映画 ゲーム考 文化人類学 社会学 月刊住職コラム連載 キャラクター文化 ヤンキー あじくりげ映画コラム連載の掲載報告 アニメ ジェンダー 2014現代文化 中外日報シネマ特別席掲載のご報告 仕事について 2014年「世界の宗教」講義録 90年代サブカルコミックエッセイ ヲタク文化 消費文化論 2012前期哲学(火曜)講義録 2012前期現代文化(木曜)講義録 対談シリーズ テン年代自分崩しの旅 脱力系ネタ 音楽 新聞・雑誌掲載関連 漫画考 2012前期哲学(月曜)講義録 小説 2012後期倫理学(金曜)講義録 2012後期哲学(火曜)講義録 心理学 自分探し 迷走コミックエッセイ 雑学 2000年代自分探しコミックエッセイ 2012後期社会と企業講義 研究論文関連 2012前期社会と企業(水曜)講義録 2012後期スポーツと企業講義 2013前期文化人類学(火曜)講義録 とびださない!どうぶつの村 2013前期 社会と企業 講義録 2013前期現代文化講義録 ポストモダン 日記 美術 2013哲学講義前期 現代思想 1990年代生まれの謎 企業 実用 ツインピークス祭 倫理学 KAWAII文化 アイドル考察 スクールカーストについて ドビ子の微妙な冒険 リンチ監督 旅日記 映画バカヴォンの予習のためにウパニシャッドを読む 私の体験談 そもそも教育って何なんだ?論 インテリア スポーツ美学 ドビ子博士GOを目指す 古墳ギャルコフィー 理恵子のお片付けダイアリー 純喫茶の「純」とは何か 『必修科目鷹の爪』読者限定☆リンク集シリーズ イカ部 オカッパ部 ジャバラネットナイトウ(おすすめのモノのご紹介) 名古屋 経営 経済 いじめ問題 ふつうの日記 まど☆マギ 似顔絵師ドビ子の放浪記 月刊住職連載 さんぽ日記 内藤理恵子イラスト作品集 読書について 『少女革命ウテナ』考察 まとめシリーズ 寄稿文 手芸キット レポートの書き方 ドビ子連続ネット小説「塩辛いちゃん」 何か間違っているオシャレ道 別冊spoon.34 散骨 松田優作ファミリー TV出演ネタ 2013年後期 哲学(火曜)講義録 写真 初音ミク×般若心経 構造主義 買い物道 わび・さび ドビ子が書評を演じます ドビ子アナザーワールド ラジオ出演ネタ

この窓の右端の▼をポチッとするとタイムトラベル