2012年12月31日月曜日

アトラス『ペルソナ』シリーズ×C.G.ユング『自我と無意識』

を書いたところ・・・・・・・・
 
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☆ASANOTmohiko先生より以下のコメントを
イッター経由でお寄せいただきました(以下)
最後の部分で多元的自己への言及があるが・・・
評者は多元的自己を90年代以降生まれの世代に見て取っているが、
データから見ると若者の間で自己の多元性が顕在化するのは
遅くとも80年代の終わりくらいかなという印象
(したがって60年代末〜70年代初頭生まれの世代から)。
その後、90年代から00年代後半にかけて、
自己の多元化が強まっていく傾向を示唆するデータもあるので、
ある世代までは一グループにすぎなかった「多元的自己派」が
90年代生まれにおいて主流派(デフォルト)になるという解釈も
ありえるかもしれないが。
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90年代生まれに多元的自己派がデフォになっていく解釈もアリ、とのことで
じゃあ・・・・・
ロスジェネ世代の若者の「生き辛さ満載アダルトチルドレン・トラウマ感」
から90年代生まれの「開き直ってキャラ作って多元的」
転換をうまいこと描いている作品は果たして存在するのか?
 
といえば、ひとつだけ存在している!!
 
それはアトラスの『ペルソナ』シリーズだ!!
どうだ!実は映画でもなく論文でもなく、小説でもなく「ゲーム」なんだ。
というか、むしろゲームでしか表現ができないんだ、
ここらへんの現象は。
 
キャラがいて、あちこちフィールドを動いて体感して箱庭的に学ぶのが一番早い。
というわけで、ゲームでしかできないことを模索して成功したアトラス凄いよ。
 
まず、このペルソナシリーズのパイロット版と言えるのは
『女神転生 if・・・』
 
 
なんだけど、これは、まさにロスジェネ世代の
「生き辛さ満載アダルトチルドレン・トラウマ感」の核となる作品。
そこに『エコエコアザラク』映画版を投入した感じかな。
学園モノのサイコホラーをロープレにして、
さらにオカルトが混じって
そこに精神分析の世界も
混じる・・・みたいな実験的な作品だった。
 
この実験的な作品に、ユングの要素を投入したのが
後のペルソナシリーズとなる。
 
初代ペルソナはロスジェネの青春の空気感出ている。
自分は高校生のときに、まさに初代ペルソナが出たため
思い入れが深いです。
 
この初代ペルソナのヒロイン、マキちゃんは現実から乖離していて
「生き辛さ満載アダルトチルドレン・トラウマ感」の代表者みたいな存在。
このマキちゃん、トラウマ感ゆえに心理学者になって・・・
(自分が病んでたから、他者を癒す学者になりましたパターンね)
同シリーズの他作品に旧世代として登場するのも粋な計らいです。
 
ここに「旧世代VS新世代」の図式がもう提示されているんだよなー
 
 
多元的自己=デフォ化をいち早く察知して作られたのが
『ペルソナ3』なんだけど・・・その狭間に『ペルソナ2』を置いてみると、
『ペルソナ2』の「過渡期ぶり」がよくわかる。

 
『ペルソナ2』は旧世代の「トラウマ・AC・精神分析」の時代と
「口コミで世界が変わる」(ネット社会の時代を予見してるっぽい)という
2つの要素が混じり合っていて、ロスジェネの青春っぽくもあり、
ネットの世論が世界を変える時代の予兆も取り入れて
そこにパラレルワールドとかもぶち込んで
「ペルソナ2、やろうとしてることはわかるんだけど、
 ぶち込みすぎだ、でも心意気はわかる」
的な感じになってた気がする。しかもこれ連作だしね!罪・罰に分かれている。
この「確信犯的ではない真の厨二っぽさ」はここでいったんオワコンになった気がする。
 
90年代生まれの「多元的自己=デフォ」をいち早く主軸にしたのが
『ペルソナ3』だな。『ペルソナ3』のプレイ感たるや衝撃的だった。
まずは、「キャラデザ」が金子さんじゃない!!の衝撃。
これは実は正解だったんだ。金子さんの絵は旧世代ウケの濃厚さであって・・・
若者文化が刷新したことをヴィジュアルでも伝える必要があったんだ。
だからこそ、軽快な絵柄に替えたんだな。
 
(それを受け入れるまでに時間がかかったし、
旧世代のゴリゴリのメガテンファンはここで離れたかも。
のちに、旧世代の慰めに金子一馬キャラデザ・ゴリゴリの硬派
ストレンジジャーニーを作ったのはアトラスのファンサービスだとオモワレ)
 
えーと、『ペルソナ3』で衝撃的だったのは「コミュ」の発生である。
つまりこーゆーこと。こんな風に「いろんな人との絆」を深める・・・(以下動画参照)
 
 

つまり他の種族と思われる人と「マイムマイムを踊る」ことができれば
マイムマイムについてはここで:http://riekonaito.blogspot.jp/2012/12/1990.html
それは新しいペルソナをGETして、「強さ」になるんだな。
 
そして、絆をGETすればするほど、最強になるのだ~
多元的自己は最強説をここでゲームシステムにしたアトラスは凄い!!
 
「いろんな種類の人と仲良くなれば、新しいペルソナGET」
「結果的に自分の力になります」「世界も変えることができます」
 
という世界観を打ち出した『ペルソナ3』。
しかし、それでも、主人公の自己犠牲的な部分、都市を舞台にしているところ、
ちょっとダークな世界観は旧世代からの「引っ張り」部分を感じだ。
 
それを刷新して、「いま・ここ・90年代生まれ」の若者の空気に入れ換えてしまったのが
次作の『ペルソナ4』なのであります。
『ペルソナ3』の「多元的自己最強→ゲームのシステム化」はそのままに
舞台を「ファスト風土」にして、「キャラを作ってサヴァイブしていく感じ」
 
 
を取り入れ、「AC、トラウマ感は捨てて、軽快にマイムマイムを踊る90年代生まれ感」を
絶妙に演出したのが『ペルソナ4』だ!
 
にしたのは正解だ。
 
ジュネスはジャスコのパロディ。ジャ・・・じゃなくてジュネスでバイトするキャラも。
主人公フツメンなのにDQNとも仲良し。これが90年代生まれのリアルなんだ。
 
 以下の動画は・・・これゲーム本編じゃないペルソナ4アニメMADだけど・・・
ペルソナ4がファスト風土意識して作られているという空気伝わるかな
 
実際、若者が生きている現実の
ほとんどが「ファスト風土」で
(朝井リョウの小説も岐阜ベース:http://riekonaito.blogspot.jp/2012/12/blog-post_26.html
だったら、ゲームの舞台を「ファスト風土」にしてしまえ!という
開き直り感は素晴らしい。
これ、主人公だけが多元的なわけじゃなくて
DQN男子だけど手芸が好き、というキャラまで出てくるのだ。
 
ペルソナ3は主人公がさまざまな定型キャラと
対峙していくうちに自分だけ多元的自己GET、最強に!
だったのだが・・・・
 
ペルソナ4は主人公が
「友人として対峙するキャラも多元的自己(例:手芸DQN)」
というのがイイ!
ペルソナ3の選民思想、自分だけ特別感(廚二病感)も棄ててしまったのだ。
 
『ペルソナ4』では、仲間の多元的自己、個性、尊厳を認めていて
主人公も仲間も対等というのが素晴らしいね。
オタク文化であるゲームは、廚二病を完全克服し、オトナになったとも言える。
 
ちなみに、『ペルソナ4』でも冒頭は
みな表面的な「キャラ」をつくってサヴァイブしているので・・・・
その裏のシャドウが複雑怪奇になってきて・・・(多元的自己をGETする代わりに
シャドウもタダ者ではない感じになってくるのがオモロイ)
 
☆シャドウについてはここに:http://riekonaito.blogspot.jp/2012/09/blog-post_17.html
 
そのシャドウにひとつひとつ丁寧に向き合い、
サヴァイブ系を超えて
「真の絆」を作っていくのが最高!!
 
☆こっちはゲーム本編です
 
 実は、このゲームのおかげで「90年代生まれ」の若者の理解が
早まったと言ってもいい。
このブログにしばしば登場するレトロちゃん(90年代生まれ女子大生)も
『ペルソナ4』知っているので
「先生とコミュ発生してますよ!」と言われて
瞬時の彼女が何を言わんとしているのか理解できたのであった。
そして、レトロちゃんのコミュ力の高さの所以も
「ああ、90年代生まれスゲーな」という風に理解できたんだ。
もしも、ペルソナ4をプレイしてなかったら、
「なぜ若者なのに、こんなにコミュ力高いのか?」
と訝しく思ってしまっていたかもしれません・・・。
 
旧世代同士で新世代について対談した記録はこちら
(ちなみに、対談相手のJBは私と同じ79年生まれ旧世代ですが
体育会系・改造車愛好・模型女子・アニメオタクを兼ねた
先駆的な多元派です・・・JBが一番の謎かも・・・
 
 この『ペルソナ4』は
『ペルソナ3』までの「トラウマ感・AC感」を
棄ててしまったところが非常にイイ!
 
過去のそういう部分は「廚二病乙!」って斬って、現実適応していく
を見事に表現している。
 
「いま・ここ・現実・若者」をパッケージにした
芸術作品だと思うんですよね!!
 

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さて、ここまで引っ張っておいて、なんですが・・・ 「ペルソナ」とはなにか?
といえば、ユングが使ってた言葉なんですよ。
このブログは読書道なので、ユングの書籍もご紹介いたします。
この本をおすすめいたします。

原典ですよ、ユングの。


この本のP66~の「ペルソナ」についての説明

1)ペルソナがもともと役者の付ける仮面で、
役者が演じる役を表している

2)この仮面は個性的な装いをしているが、単に演じられた役にすぎない

3)でも、まるで個性的であるかのように他人や自分に思い込ませている

4)ペルソナとは「ひとりの人が何ものとして現れるか」ということに関して
個人と社会との間に結ばれた一種の妥協である

5)ペルソナはひとつの仮象であり、たわむれに呼ぶなら、さしずめ二次元の
現実である。
(私のコメント:ここでhttp://riekonaito.blogspot.jp/2012/10/spoon-201212.html
90年代生まれは3次元でもアバターつくる・・・と載っていたが、
これ、ペルソナが強固になっただけとも言えるな。
つまり現実⇔個人の妥協が上手くなった。
ネットでの適応能力の高さが、
現実でのペルソナにも影響したのかも。
ここで重要なのはペルソナの下にある本当の個性である。それは以下)

6)ペルソナを選択するやりかたのうちに、すでにいくばくかの個性がある。

7)本来の個性は直接でないにしろ、間接にみとめられる

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『ペルソナ4』では、ひとりひとりの仲間の「ペルソナの下の個性」と
間接的に出会い、癒し、認めていく。
妥協して作っていた「ペルソナ」ではなく
それを選択させている「仮面の下」の個性と出会い、認め、仲間になる。

「サヴァイブ系」を超える名作なのだ!!
『野ブタ~』小説版の「敗北」http://riekonaito.blogspot.jp/2012/10/blog-post_12.html
を超えた作品、
ポストモダンの人間像http://riekonaito.blogspot.jp/2012/09/blog-post_6255.html
超えている。

時代とか年代とか関係なく、
「真に人と絆を持つことはこういうことだ」っていう
原点に戻れる人類全部に対しておすすめできる名作なのです。

☆おまけ:歴代のペルソナシリーズのオープニングクロニクル映像集はココ↓

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