2013年1月12日土曜日

白鳥久美子『処女芸人』×キルケゴール『死に至る病』

えーと・・・
前々エントリ→前エントリと
連作になっているので
まずはそこからお読みください。

前々エントリ:http://riekonaito.blogspot.jp/2013/01/blog-post_10.html
前エントリ:http://riekonaito.blogspot.jp/2013/01/blog-post_11.html

・・・えーと、そもそもなぜこの話題がいまさら出てきたかと言いますと
とものりさんがlifeに出したメール→lifeでこじらせ談義→そもそもこじらせって
誰が言い出したんだっけ→その価値観はどうなんだ・・・?という話の流れに
なっておるわけです。

とものりさんがlifeに出したメールは
とものりさんのブログに載っているみたいなのでこちらへ↓
http://tomonr1984.blogspot.jp/2013/01/life.html

んで、番組HPはこちら:http://www.tbsradio.jp/life/index.html

しかし、自分は、とものりさんが番組に出したメールの真意がイマイチつかめず
本人に後から補足していただき、ようやく真意がつかめました。

とものりさんの補足文はこちら=====================
昔は「普通の女子」と「上野千鶴子的おひとり様」しか選択肢がなかったから、
割と本気の人しかおらず数が少ない。
今はサブカル許容度も高くなり、

こじらせ女子って言葉もできてハードルが下がってるので数は増えている。
したがって昔だと「普通の女子」だったような層がこじらせているので、

旧こじらせ女子からみればこじらせレベルは低いのですが、
葛藤のレベルは昔より深刻(本人にとっては)
なので彼女たちを「ワナビー」と若干揶揄しながらも、

こじらせ女子界のスターへの憧れという形で
葛藤を一時的にごまかす事が幸せにつながるのか?
というメールを送ったわけです。
=============================

うーん、新世代の「こじらせワナビー」に
新しいロールモデルを 提示するとしたら・・・
もはや、ロールモデルの粋を超えているけど
もし自分ならキルケゴールを推しますね・・・ということを
前回のブログに書きました↓
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/01/blog-post_11.html

美的実存(恋愛中心)<倫理的実存<宗教的実存
の価値観を知って、 宗教的(つまりキリスト的な生き方)までは
無理だとしても
・・・・美的実存の次の段階に身を置いてみる
試みをしてみたらどうなんだろうか?

バブル経済とレジャー産業の蜜月の際に
トレンディドラマが投入されて 「モテ」なんていう
泡のような価値観が膨れ上がっただけではー?

そもそも、恋愛が資本主義と結びついたのは
つい最近のことですよー
その経緯はこちら:http://riekonaito.blogspot.jp/2012/11/blog-post_4523.html

恋愛関連や女子力系の言葉は
女性誌の部数を伸ばすためのキャッチコピーでも あるんですよ~ http://riekonaito.blogspot.jp/2012/12/blog-post_20.html
↑この本を読めば女性誌のマーケティングがわかると思う。
===========================
でも、新世代のワナビーに
「キルケゴール読め」といっても
ハードル高すぎるし、とっつきにくい。

そこで・・・・・・・・・・・・白鳥久美子著『処女芸人』を薦めます。


 
彼女の本、実はキルケゴールの著作と
けっこう共通点あるんですよ!
「絶望」「自己欺瞞」「マザーテレサの本を読む」 などの
キーワードが白鳥さんの著作に出てきます。
・・・彼女はキルケゴール的だ。
 
たんぽぽの白鳥久美子さんは
自分の欲望を超えて 他者を「笑い」で救いたいという
モテ・非モテとは別の次元に辿りついた
次世代のロールモデル足りえる人なのです。
 
彼女は他者の瞳に映っている自分に 囚われる段階を抜けて・・・
自分のルサンチマンをお笑いに昇華し
他者の喜ぶ顔を求めるようになった。  
キルケゴール的にいえば、 第一段階を脱出し、
第二段階・第三段階の ステージに立っている。
だからこそ、その心意気がめちゃイケに
認められたのだと思います。
では、彼女の著作『処女芸人』の中から
「キルケゴール的」だと思った部分を抜粋します。
 =====================
まず、P10~
白鳥さん、いきなり前書きから「処女」であることをカミングアウト。
キルケゴールの場合は身体的事情があり
性交渉が不可能だったとの説がありますが・・・
 
いずれにせよ、性交渉がないことが
悩みの中核をなしているようです。
 
(別に性交渉無くてもコンプレックスに思う必要は
全然ないと思うのだが・・・なぜそれが
コンプレックスになるのかは、また別枠でじっくり考えたい)

P103~
1)スクールカースト底辺
2)皆に無視られる中、 マザーテレサの著作を読んでいた
↑キリスト教的な価値観を 学んでいらっしゃったようですね。
キルケゴールもキリストをロールモデルとして 生きようとしていました。
 
P108 1)高校デビュー失敗
2)もう笑わないと思った・・・
3)が、TVのお笑い芸人を見て笑った
4)救われた
  5)絶望を克服

この「絶望を克服」 というキーワードもキルケゴールの著作の
中核をなすキーワードなのです。

P156 本格的に絶望する描写。  
 世へのルサンチマン爆発。
舞台女優を目指すが、挫折。実家に帰る。

P170 エミコさんというパートナーとの出会い。
エミコさんは「たんぽぽ」のパートナーっすね。
それからまた紆余曲折あるんだけど、 なんと『めちゃイケ』オーディションに合格!
お笑い芸人として華開く。

結末:スターになっても、やっぱ処女のまんまだということに こだわっている白鳥さん・・・
でも、どこか一皮剥けていて 「もしこのままだったら処女サークルを結成して
皆で楽しく暮らす」という女子のコミュニティを つくることを提案している。

つまり、モテ・非モテの二項対立から脱却し
自分と同じ立場の者のリーダーになるという 選択肢を提示している。
いまや、新世代は性経験がない人も多いんだし
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/11/blog-post_7835.html
彼女はロールモデルになるんではなかろうか?

まとめると・・・
新世代にとっての 旧世代ロールモデルには二種類あって・・・

その1)自信のないモテないアナタも
お洋服やメイクで こんなに変われるのよ。
キレイになってモテましょう。
・・・とシンデレラの魔法使いになって
女子力のステージに上げようとするタイプ。
これは、アメリカの学園モノによくあるパターンね。
『シーズオールザット』や『プリティプリンセス』など。
このタイプは光野桃、齋藤薫、横森理香さんなどが 挙げられる。
(主婦層だと中山庸子)
でも、シンデレラ的変身が可能なのは一握りの人間なんだなぁ。

その2)
(1)は肉体的精神的な問題で無理な人がいて
その無理な人を(1)のアゲアゲな価値観に
押し込めようとすると
キルケゴール的な絶望の壁に
阻まれます。
そこで、モテ・非モテの二項対立を超えて
人間として楽しく暮らすことができたら素晴らしいよね、
というタイプのロールモデルも必要となる。
腹肉ツヤ子先生や、白鳥久美子さんが このタイプなのでは・・・?

自分は好み的に後者を推してしまいがちだが
前者のタイプも社会に必要とされるのだろう。
============================
えーと、白鳥さんの著作だけ紹介して
肝心のキルケゴールの著作を紹介するのを忘れていました。
本末転倒になりますが、 キルケゴールの著作『死に至る病』を紹介します。  

 
P32~
人間は真のキリスト者になりきっていないかぎり、
結局、なんらかの意味で絶望しているのである。
(コメント:つまり、モテ・非モテも、こじらせも、
女子力高すぎも、低すぎもありとあらゆる人間は
何かを抱えているのである。
それを傍から「お前の苦しみは軽い」と
ツッコむのは間違いであるということですな・・・
うーん、悩みに貴賤はないにしても
悩みのヘビー度には差があるような気がするが・・・
そこは主観の問題だから
他者が踏み込んではならぬ領域だということを
今回の顛末で学んだのであります。
つまり、非モテやこじらせで悩んでいる人がいたとして
世の中にはもっともっとヘビーなことで悩んでいる
人がわんさかいるから、軽視しがちである。
だけど、だからといって他者の内面のことを
「あなたの不幸は軽い」と他者が判断するのはNGなんだな。
真のキリスト者以外は人間はみんな絶望しているんだ・・・)
 
P115~
最初に、地上的なもの、または地上的なあるものに
ついての絶望があり、次に、永遠なものにたいする、
自己自身についての絶望がくる。
(コメント:キルケゴールは大仰な
ヘーゲルの哲学に反発して実存主義を構築したけど
弁証法の考えは取り入れているみたいですね。
つまり絶望にも段階があるんだな。
他人の絶望を「お前のは違う、軽い」と言っても
絶望の種類がまったく違うので
他人の絶望を揶揄することは許されない。
「絶望」という言葉が一種類しかないので
「お前は違う」という不毛な議論になってしまうけど、
キルケゴールのように絶望を分類して
整理したらスッキリするのかもしれない)
 
この著作に書いてある絶望をおおまかに挙げてみましょう。
詳しくはこのサイトがおススメ:http://www.ne.jp/asahi/happy/jollyboy/tetugk14.htm
 
1)絶望が意識されているかいないかという点を反省せずに
考察された場合の絶望。
 
2)必然性という規定のもとに見られた絶望
 
3)意識という規定のもとに見られた絶望
 
4)自分が絶望であることを知らない絶望
 
5)自分が絶望であることを自覚している絶望
 
6)絶望して、自己自身であろうと欲しない場合、弱さの絶望
 
7)地上的なものについての絶望
 
8)永遠なものにたいする絶望
 
9)絶望して、自己自身であろうと欲する絶望
 
人の内面の絶望をレッテル貼りするのは
ダメだとツッこまれそうなので、
各自、自己の絶望の段階をご確認ください。
============================
 
で、結論として
キルケゴールが絶望を克服する道として選んだのが
キリスト教でした。
 
p240~
キリストが現にいましたということ、
それが全人類の運命を決する重大事なのである。
キリストが君に宣べ伝えられたとき、
それについてわたしはなんの意見ももとうとは
思わない、というのは、つまずきなのである。
 
キリストをロールモデルにすることで
真のキリスト者となることで絶望は克服できると
キルケゴールは説きました。
 
ただ、このキルケゴールの実存主義もニーチェが
ちゃぶ台ひっくり返すんですけどね・・・・・・
(ルサンチマンの概念は継承される)
 
 

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