2013年3月17日日曜日

大塚英志『少女民俗学』(光文社)

昨日、社会学とは何か?を説明し・・・
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_16.html
サブカル研究も社会学の範疇に入るってことも
説明できたのではないかと思います。

しかし、サブカルがハイカルチャーと混ざった現在・・・

<具体的な事例:門眞妙 MONMA Taeさんの作品>
彼女は東京藝大を出た現代美術の作家さんです。
彼女の作品凄くカワイイです。
http://www.gel-con.jp/artist_monmatae.html

・・・サブカルが全然サブカルではなく
日本のカルチャーの多くがサブカルっぽくなる事態に。

昨年の6月にこのブログ記事で↓

http://riekonaito.blogspot.jp/2012/06/blog-post_11.html


1995年の『美術手帖』の美術批評を取り上げましたが・・・

1995年の時点では「サブカルは除外」っていう
美術批評家の意見が
掲載されておりましたな↓こんな感じ


1995年の『美術手帖』美術評論家の上野俊哉氏の発言
 
「日本の70年代以降の大衆文化に鼓舞されたかたちの変身のコンセプトに

ついて考えるつもりはまったくない」

90年代はこのように、美術評論家がサブカルに唾棄していたからこそ、
それを裏で研究する人が魅力的でした。

1989年に出版された『少女民俗学』の著者近影の
大塚英志氏のアンダーグラウンド感が凄い。

撮られる角度意識していない天然オタク感!
シャツとネクタイのヨレヨレ感。素晴らしい!
しかもプロフィールを読むと・・・彼の指導教官の宮田氏
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/01/blog-post_16.html
にテーマを否定されて、院で研究できなかったので、
自分でコツコツ研究されていたみたいですね。

その成果がこの本だ!
ガールズカルチャー研究にとっての「遠野物語」がこれだ!





















少女民俗学―世紀末の神話をつむぐ
「巫女の末裔」 (カッパ・サイエンス)

大塚氏は民俗学出身だったのか!
(柳田は民俗学の姿勢を「内省」としているので
大塚氏の視点にやっと納得ができた)

しかも、柳田が「常民」としていたものに対する
異物として「少女」を見出したのが大塚英志だったのだ。
これは面白いなぁ。

彼が「少女」というものを民俗学側から
どのように定義していたのか
読んでみよう。この本『少女民俗学』のP18~

1)少女は近代社会が産み落とした存在である。

2)近代以前、少女はいなかった。

3)それまでは性的に未成熟な女性か、成熟した女性かの二項対立だった。

4)ところが近代社会になると「女学校」ができて、
(コメント:このあたりの空気は井上章一が研究していた記憶がある)

初潮をむかえても、「とりあえずそのまま」の時期が出来た。

初潮→とりあえずそのまま→女学校で商品価値を高める→結婚
という流れができて「とりあえずそのまま」が少女と呼ばれた。
(コメント:現在は「とりあえずそのまま勢」が増えすぎて
オトナ女子みたいな事態が:http://riekonaito.blogspot.jp/2013/02/inred.html

5)ムラ社会では、性的成熟→即パートナー選び→農村で働くだったのに
性的成熟→とりあえず待て→パートナー選びに変わった。

6)とりあえず待ての期間に少女という存在ができ、少女文化ができた
(コメント:これがガールズカルチャーの源流なのね)

7)非生産者としての少女という存在を、ここで
老若男女の精神性に結びつけたのが、本当に凄い!
大塚英志氏のやろうとしていたことがやっとわかった。

現代は老若男女、生産<消費の時代である→
ということは、ありとあらゆる人の中に
「非生産者としての少女」が
存在しているのである。

実存としての少女はそれを実体化した存在。

<以下、私のコメント>=============

この視点で、現代の状況を見直すと、
「スイーツ男子」っていうのも
納得できるような気がする。
誰の心にも、少女がいる。
生産せずに、消費したい、
消費によって自分の世界を構築し、そこに安住したい。
オトナになりたくない。

「オトナ女子」だってそうだ。
生産せずに消費で、マイワールドを祀る「少女」のままで
いることを成人になっても推すことで、消費を促進できるのだ。

消費者としてのオタク男子の行き着く先が
女装コスプレの「男の娘」ということが
いままでじゅうぶんに分析できていなかったし
伝統芸能を持ち出して、
無理やり結論をつけてしまっていたのだが・・・

昨年の6月・・・無理して結論つけた記事↓
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/06/blog-post_11.html

今回、大塚氏の本を読んで、
やっと分析できたように思う。

非生産者、消費で自分の世界を構築する行為をしていくと
行き着く先は男女問わずに「少女の精神性」に着地する。

そして、男子がその精神性を表出させると
「オタク男子の女装コスプレ」=「男の娘」になるのだ。

以下の記事ではロリータ=異人化説を
出したが・・・
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/02/spoon20134.html

もともと、少女は近代以降にうまれた現代社会の「異人」としての
存在であり、
その「異人性」を強化するためのロリータ服、
そしてその「異人性を持つ少女期」を延長させるための
装置としてもロリータ服は機能していると思う。

卑弥呼が巫女として政治に関わったように、
雨宮処凛がロリータ服を着て社会運動をしているのだな。

彼女は異人としての少女期を衣服で延長させているのだ。
以下のリンクでは雨宮処凛さんの行動に疑問符を投げかけてしまったが
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_6.html
ロリータ服で巫女になれる、そして超越した立場から
政治に関わることを可能にする・・・という法則を
見出して意図的にやっているとしたら、
凄いな、と考えを改めた。

やはり、処凛さんの自己申告の通りに、
すごい生き方、なのかもしれない。
============================

この本、非常に面白いので、また考察してみたいです。



↑裏表紙も凄いアングラ感。

このように、サブカル研究のアンダーグラウンドな時期は
ほんとに旨味があったのだなぁ。
(ここらへんの少女のアングラ感をマンガ作品にしたのが
初期の辛酸なめ子作品だったように思うんです…ニガヨモギとか)

 しかし、2013年現在、
会田誠や門眞妙さんが現代美術界に評価されているとなると
少女文化とオタク文化と現代美術が絡み合い表に出てることになる。
ゆえに批評する側も「大衆文化は除外」っていう姿勢のほうが
むしろ珍しいものになってくるような。
 
それどころか、あずまん、宇野さん、斉藤環先生など
サブカル研究勢の努力の結果・・・
サブカル研究がもはや「日の当たらないもの」じゃなくて
むしろ、そっちがポカポカした日向ぼっこモード、
表側になっているような…。
サブカル研究勢がテーマにしているAKBも表側の文化だしね。
サブカル研究勢、いまだったら、アリス十番を推すべきでは・・・。

アングラ感がたまらなかった辛酸なめ子氏も
オサレなセレブコメンテイター風になって
それはそれで祝福したいのだが
彼女の初期作品を愛でていたファンは
うじうじと過去の作品を読み返しています。

人間の心理って面白いもので、
裏側っぽい空気が漂っているときは、サブカル研究に
ドキドキしたんだけど、表側に出てきたとたん
マッタリモードに。

たとえば、先日、放送された
批評家の宇野さんのドキュメンタリー見て
「いろいろがんばった結果、AKBの推しメンに
仕事で会えて、しかも会話できて良かったじゃん」
「しかも、ナレーションも推しメンにしてもらって、良かったね」
…とすっかりマッタリしてしまい、
サブカル研究の日陰っぽさが消滅した感じが…。
「撮らないでくださいパフォーマンス」も
どう解釈したらいいかわからんし。

これだけサブカルとサブカル研究がメジャーになり
サブカル研究勢も増えると「我々は日陰です」という
サブカル研究受難パフォーマンスはもはや無効のような気がする。

いや、かつて本当に受難だった
大塚氏は一体なんなんだ、ということに
なると思う。指導教官に否定されても
サブカル推ししていた大塚氏こそパイオニアなんだ。

初期のサブカル研究って「シダ植物が生えてそう」な部分が
魅力だったと思うんですよ。
でも、サブカル研究家が表に出たことで日光がイッキに差し込んで
シダ植物的な魅力が枯れてしまったんですよね・・・。
しかし、ホリィさんのサークラ研究にはシダ植物の魅力を感じるが
宇野さんを含め、若手論客勢も見栄えのいい人が多く、
痩せる前のオタキングみたいなジメジメ感を感じない。

サブカル研究が、マイナーの着ぐるみを被った
メジャージャンルになってしまった現在・・・
まるでゆるきゃらがゆるくなくなった感じの感覚が。
 
というわけで、いま、サブカル批評界隈の状態のことを考えると、
「なんで、森の生態系を支えていた
       シダ植物を枯らしてしまったんだ!」・・・というナウシカのような
気持ちと、「サブカル・サブカル研究がメジャーになって良かった感」が
入り交じり、複雑な気持ちになるんですが・・・

自分はサブカル、サブカル研究が好きだからこそ、
専門領域にしていなくて良かったかな、とも思いました。

サブカルの森に対する自分の中のナウシカとクシャナの
折り合いがつかないもの・・・。

ちなみに、自分の専門はこのあたりです。
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/09/blog-post_2507.html


ってか、サブカル自体の質も変わってきたし。
参考1:http://riekonaito.blogspot.jp/2012/05/blog-post_03.html

でも、自分の脳内森の「シダ植物」は、
まだあると思うし、ほとんどが日光に曝された
オタクの森にも「踏み入れていないゾーン」が
あるはずなんです。

そこで、たぶん誰もまだ触ってないゾーンを
一生懸命探してみたところ、
漫画家・奥浩哉先生の作品の初期のあたり
・・・なんじゃないか?
と思ったので、次回は奥先生の初期の
マンガについてブログに書きたいと思います。

追記☆ツイッターで「どくしょさん」から以下のコメントをいただきました☆
どくしょさん:たまに女性アイドル達への憧れの結果、「彼女達になりたい」という欲望を聞きますね。それが顕在化したのが男の娘かもしれないですし。アイドルの出る現場に足繁く通うのは、一体感が得られるから、かもしれませんね。

私:あ、少女と同一化したいんですね!この本がわかりやすいかも
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/01/blog-post_8522.html

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