2013年3月20日水曜日

上村一夫『夢師アリス』×大塚英志『おたくの精神史-1980年代論-』で「アリス十番」を考える

えーと、以前このページで、
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_17.html
サブカル研究勢に対し、
「AKBはもはや表側の文化になったから
サブカル研究ならアリス十番批評したほうがいい」
・・・と「大きなお世話コメント」をしてしまいました。

しかし、そのあと、自分の中のナウシカが発動し↓

サブカルの森には
まだ、こんな地下の空間が
あったのね・・・研究しなくては・・・モードになって

つまり、そういう自分が
「アリス十番」について考えりゃいいじゃん!
いうことを思いました。

アリス十番のホラーマスク↓


アリス十番のスチームガールズはこちら↓



えーと、実は
アリス十番に詳しいわけではないので
ファンの方がいらっしゃったら
ぜひともいろいろな情報を
お教えいただきたいのですが・・・

いまのところ自分のニワカ知識での印象は
とりあえずこんなことを思いました↓

アリス十番の「アリス」は『不思議の国のアリス』よりも 
漫画家・上村一夫の描く『夢師アリス』のほうのイメージに近い。

これまたニワカ知識で申し訳ないが
アリス十番の「十番」は「麻布十番の十番」と
されているらしいのです・・・

しかしながら、
私は「アリス十番」という語感で
上村一夫のマンガ『夢師アリス』
このコマをピンポイントで思いだしました↓
数年前、名古屋パルコのブックセンターの漫画コーナーで
どーしても気になって購入した『夢師アリス』ですが
上村作品で描かれているアリスは

ヴィクトリアンなアリスと
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/12/blog-post_649.html

大塚英志がいうところの「少女」イメージがMIXされて
  http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_17.html

 独自の日本の少女の「記号」になっているなぁ、と思いました。
(記号としての少女は会田誠が 繰り返し作品にしているのですが 
 それ以前に上村一夫の造形があったんではないかと)

 えーと、うだうだと文字で並べても よくわからないと思うので・・・ このマンガの

のP131~「アリス町アリス小路13番地
―或いは養殖アリスの作り方―」 をご覧ください。






















  (このマンガのストーリーは 酒場や家庭で苦労しすぎた女性
時空を超えた 「どこでもないアリス小路13番地」に行くと、
皆同じ少女顔の美少女 アリスになれるという不思議な話です

しかし、この少女イメージ、作画担当の
上村一夫さんのものというよりは
 『夢師アリス』の原作者・岡崎英生さんの
脳内にあったものなんじゃないかと・・・
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B2%AC%BA%EA%B1%D1%C0%B8

 んで、岡崎氏の経歴を見ると 「早稲田の仏文」出身なんだな~

仏文というところで・・・ 『夢師アリス』は どこかに
フランス文学的な要素があるんじゃないか?と 邪推してみました。
(たんなる深読みだったらすいません)

 この『夢師アリス』の量産型アリスの 文学的なルーツを考えると
↓このイメージに辿り着きました。
  http://matsuhiro.blogspot.jp/2012/01/blog-post_07.html

一番美しい時に時間が止まり、
それがデスマスクとなり
心肺蘇生の練習の人形の顔となった少女の話。
人形になりコピーされ続けることで
http://www.enjoy-l.com/K/B/00098.html
↑このような存在になった。
実在の少女が記号化され、大量生産される人形になった。

そのイメージが日活ロマンポルノ系の空気と結びつき
オカッパの美少女が量産され、宗教的な空間を充たす
イメージの劇画『夢師アリス』になったんではないかと。

えーと、ここで仕切り直そう。

もともとなんの話だっけ・・・
アイドルグループ「アリス十番」の話でしたな。

つまり、アリス十番のイメージの源泉は漫画 『夢師アリス』の
イメージなのではないかな?と思ったわけです。
そして、その漫画の源流は
セーヌ川の「身投げ少女」のイメージなのではないか?・・・と。

 16歳で身投げした少女の顔がコピペされ続け、
 ゴスロリの人形イメージとも重なった
  http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/2013222.html ため、
結果、 デスマスクやホラーマスクで
顔を隠して 「記号」となった少女の群れがウケるようになり、
 「アリス十番」という アイドルグループの
造形のベースになったのではないか?

造形ばかりか、ライブハウスという空間を
宗教的な儀礼の空気で充たす行為は
上村一夫の漫画『夢師アリス』のイメージに近い・・・
という仮説を立ててみました。

そして「少女の記号」を内在化させ、
自ら進んで体現しようとしている「アリス十番」は
現代美術における「少女」のイメージと重なるし、新しい。

 あくまでも仮説なんで、ツッコミ歓迎でございます。 
・・・と、ここまで自分の脳内イメージで語ってきたので
やはり過去の文献も参考にしてみましょう。

 少女といえば、ここでも参考にしたように
  http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_17.html 
大塚氏の文献が参考になるのではないかと・・・
探してみたところ、この本のP122~
 

8章「岡田有希子と身体なきアイドル」が
手がかりになるような気がしました。

1)アイドル歌手の岡田有希子が投身自殺したのは1986年。

2)その死後、14日で27人が後追い自殺をした。

3)岡田有希子の死については男側からの言及がなされたが、
けっきょく男女間の溝が埋まらなかった。

<<私のコメント>>====================

少女や女性(それについて自分で語るだけの言葉を持たない)VS
「批評家や評論家」
・・・・・・の間の溝は埋まらず、
要するに、延々と大滝秀治的解釈が続いているのだ。
AKBをテーマとした男性側の論争も
なんだかその延長に見えるんだけど・・・。

大滝秀治的解釈:http://riekonaito.blogspot.jp/2012/12/1990.html

うーん、キョンキョンが「なんてったってアイドル」を歌った時に
いったんアイドル像が変わった気がするんですが、
AKBは「なんてったってアイドル」以前のアイドルへの回帰にも
見えるんだよなぁ・・・。

キョンキョンがヤンキー的な
精神性で事務所に無断で髪の毛を
切ってしまう以前の
受け身のアイドル像。

アイドル側がアイドルイメージを一蹴したのが
キョンキョンで、そのキョンキョンの強いイメージが増長して
ゴマキのクールビューティー像に結びついたが
ゴマキは自分の世界がありすぎて手が出ない。
(ゴマキは媚びないし、金髪だし、モンハンの腕がプロ級)

そこに現れたのが、原点回帰としてのAKB、
そして現代美術的な「記号としての少女」のアリス十番、
ムーミンママのような包容力のある壇蜜・・・
なんでは?と思いました。

が、いったんここで、大塚英志の『おたくの精神史』に戻ろう。
============================

4)『おたくの精神史』
P128~ シミュレーショニズムの話になる。
http://www.enjoy-l.com/K/B/00098.html

5)男の側がシミュレーショニズムに向かい、
女の側が性の成熟を拒否する。
つまり女性性が二重に排除されるのが
80年代アイドルの悲喜劇である。

<私のコメント>===================
またもや、思いつきで
ものをいいますが、
初音ミクが10年代に一般化したベースは
アイドルに対する
シミュレーショニズム的欲望にあるんではないか?

男性側のシミュレーショニズム的な欲望を充たすだけだったら、
身体は要らない。というかゴマキ的な主体性はもっと要らないだろう。

シミュレーショミズム的欲望の器としての初音ミク、
それを実在のアイドルとして具現化したら
「ゆきりん的」になると思う。

女性側から見ると篠田麻里子センセイのようなメンバーのほうが憧れるのだが
男性側のシミュレーショニズム的な欲望を加味すると
評価が高いのはゆきりんだと思う。
================================

6)えーと、その話はさておき、大塚氏の『おたくの精神史』の読解に戻ります。
ここで大塚氏が鋭いのは「岡田有希子」の言葉に注目した点である。
岡田有希子の日記の引用が凄い。

ルンルン 明日からハワイ! うれしいな 生まれて初めてのハワイだぞ~

わ~い。とうとう憧れのハワイに来た。やっぱり素的なところだナッ
真っ青な、空と海・・・・・・・・・・・

大塚氏のこの日記に対する分析が凄い。

70年代の少女マンガ的語り→大衆化した「私」語りの表現は制度化
→80年代半ばには抑圧の装置に容易に転じている
→しかし、実際の内面はこんなに貧しい語彙で語られるものではない
→内面と少女マンガ的語りの間の「言語化できないもの」が
彼女を死へと向かわせたのでは
・・・というのが大塚氏の分析。

<<以下、私のコメント>>===============

「アイドルの語る言葉」について
ですが・・・現在の10年代アイドルも
そんなに状況変わってないと思う。

現代のアイドルの
ツイッターや、ブログを見ても、炎上要素を排除した
「少女マンガ的語りの延長線上」にあるものがメインだと思う。
炎上要素をあ・え・て取り入れて
顧客を増やしているのは「なんでもいいから売れたい」ところまで
意識がイっているアイドル側からの発信だし、
それは一時的に効果(炎上→知名度UP→一応名が知れる)
があっても、男性側のシミュレーショニズム的な欲望のほうが
圧倒的に強いから、結局消える。

それに対し、きゃりーぱみゅぱみゅさんの戦略は巧い。
きゃりーさん、おそらく凄い頭の良い「賢い人」だと
思うんだけど、賢いからこそ、
語尾や語感が「捻ってある」わりに
内容は「マトモなメッセージ」が多い。

それに対し、賢さを賢さとして表出した
「しょこたん」は「しょこたん賢いよね」と言われた時点で
男性側のシミュレーショニズム的な欲望にノれなくなったんでは。

彼女、ブルースリーについて語ったり、
楳図マンガについて語ったり、
主体性があるぶん、
きゃりー的な壮大な規模のアイドルには発展できないのだ。

そういえば・・・いまはご結婚されてアイドル的な活動は
休止されていますが、かつて
東大グラビアアイドル
として活躍されていた六條華さんも忘れてはならないのです。
(いまの名前は楠城華子さん)
http://matome.naver.jp/odai/2126440135475858001
彼女は美貌も知性もセクシーさも全部あった。
凄いと思う。
そして、知性を表に出しているのである。
ブログにも「日経読んでそう」なお写真が!
http://blog.livedoor.jp/hanakonanjo/


しかし・・・・・・・・ここにきて
アリス十番の東大生アイドルの桜雪が登場した。

彼女、東大生なのに、ブログを拝読する限りでは
古式ゆかしきアイドルの
「70年代の少女マンガ的な語り」の
延長線上の日記を綴っているし、
http://ameblo.jp/sakuraayukii/
男性側のシミュレーショニズム的欲望の器になるくらい
一周まわってほんとに賢い。

日経読んでそうな感じを出してない。

しかも、顔を隠して歌うスチームガールズのメンバー・・・?

現代社会のアイドルの役割を理解し、
その役割をこなし、男性側のシュミレーショニズムに
すすんで回収されながらも
東大生ってことで差異化されているし、
神秘性を出している。

彼女がアメブロに綴る少女的な言語⇔東大で勉強している

の間にある「隠している何か」に神秘性を感じてドキドキするし、
自らすすんで「少女の記号」になるアイドル性に惹かれる。

ちなみに、少女賛美の風潮に対するアンチは
笙野先生が作品化したと思う↓
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_6.html

大塚氏が言っていた

つまり少女や女性(それについて自分で語るだけの言葉を持たない)VS
「批評家や評論家」
・・・の溝は笙野先生が作品で埋めたような気がするのですが
どうなんでしょうか?

桜雪さんが凄いなぁ、と思うのは
現代日本にどんなアイドルが売れるのか理解していて
マネージャー的プロデューサー的な知性・・・
「こう振る舞えば夢を持たせることができるよ」っていうのと・・・
それを「ハイハイ、そうします」と言って素直に従うことのできる
アイドル性を両立しているところなんだよなぁ。



まさに、笙野さんが『絶叫師タコグルメと百人の「普通」の男』で
預言していた「美ガ原キレ子」というキャラのような存在
・・・・・・・なんだよなぁ。

☆まとめ☆=====================

セーヌ川の少女→上村一夫のマンガ→ゴスロリの人形要素とMIX
→少女の記号としての「アリス十番」

という流れをまず仮説として立てた。

そして、これまでのアイドル像の変化を大塚氏の文献を
参考にして以下のように考えた↓

男性のシミュレーショミズム的欲望の器としてのアイドル→
主体的なアイドルは出てくるが、淘汰される→
抑圧を内在化させて欲望の器としてのアイドル像に女性も憧れる
(JJもこんなことに:http://riekonaito.blogspot.jp/2012/12/21.html

→笙野先生の作品で「美ガ原キレ子」という最強キャラ出現の預言

→「アリス十番」で「少女という記号」と「東大生という知性」を
両立させて、しかも知性を表に出さない
桜雪ちゃんの出現←イマココ

・・・という流れになるのではないでしょうか。

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