2013年3月26日火曜日

【映画『もののけ姫』がイギリスで舞台化記念】『幻の漂白民・サンカ』(文春文庫)

昨日、この記事でhttp://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_25.html

エミシのことを説明しました。
一言でいえば「毛深い人は強かった」ということですね。

で、この毛深いヒトビトと
そうじゃない人たちの対立は当然あったわけです。

そんな昔のこと言われても分からない
・・・というアナタも
実はジブリ作品でここらへんの対立を
既に観ている可能性が高い!!

毛深い派(狩猟・採取メイン) VS そうじゃない派(稲作メイン)

・・・の様子はすでに、この作品にたっぷり描かれいているのよ!!

それはズバリ『もののけ姫』じゃ~

いまこそ、もののけ姫の世界観について
語られるべき時がきたのじゃ。

ってのは、今年の春に
イギリスで舞台化されるみたいなんだよね。
もののけ姫。

でも、この舞台化・・・以下の動画で見る限りだと、
・・・大丈夫なのか??
ねえ、大丈夫なの?(涙目





予告動画だけじゃ
わからないんだけど、やはり心配になる空気が
漂っていることは確かでアリマス。


イギリスの新進気鋭の劇団が舞台化するとのことだけど・・・

うーん、『もののけ姫』の物語が海を渡ったからこそ、
ここらへんの文化を日本人が
再確認するべきなんじゃないかと。


イギリスの舞台逆輸入の前に
アニメの世界観を再確認すべき。

まずは、宮崎駿監督のインタビューをお読みください!!

やっぱり、というだか・・・なんというだか、
宮崎駿監督は「エミシ」のことについて描きたかったみたいだね~
あと、日本人ってなんなんだ?という問いかけがしたかったみたい。

私も、これは思いますわ。
特に、最近、「日本はダメ、海外は素晴らしい」みたいな流れの本が
出ているみたいですが・・・
そんな極論を言う前に

「じゃあ、そもそも日本人のルーツってなに?」

を探らないで海外行っても
ただただ卑屈になるだけじゃないかなぁ。

卑屈になって延々とコンプレックス持ちながら
白人社会に溶け込もうと努力しても
コンプレックスにコンプレックスを重ねるだけでは。

だったら、まず日本について学んで、なんでこーなった?
を考えることが先決では。

海外に行ってコンプレックスを持つより
まずは民俗学で日本を知ることから
始めたら良いのではないかと思うわけです。

なお、もののけ姫に関する「基礎知識」は他サイトが
懇切丁寧に書いてくれていたので
ここをご参照ください↓
http://www.yk.rim.or.jp/~rst/rabo/ miyazaki/kisochishiki.html

 今回、この機会にワタクシは
もののけ姫の中古ビデオ入手したので
そこから画像拾ってみましょう。




縄文系のヒトビトと稲作派の対立を
わかりやすくアニメにしたのが『もののけ姫』かと。


↓これはVHSの裏側ねー
アニミズムの象徴コダマさんです。

シャーマンがあらゆることに関わっていた
ことがわかるシーン。



シャーマンについてはこちら:http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_10.html


アシタカはエミシだと思われる。
昨日、毛深い人=強い
という説を推したけど・・・


アシタカの造形はよくできていて、
眉毛とかほんのりモサモサしているのよね。
ジブリの世界観をギリギリ壊さないあたりの
モサモサ感。宮崎駿のバランス感覚は凄い。

このアシタカ、どこかで修業して強くなるという
わけでは全然ない!


最初っから、圧倒的に強く、
「毛深くないヒトビト」との闘いを
冒頭からやってのけるのだが・・・・・・

「毛深くないヒトビト」はこう言います。

「鬼だ」←(注:畏怖の念が入っている

アシタカさん、タタラのムラにやってきます。

 タタラを生業にしている民も
稲作の民とはちょっと違うコミュニティを形成していたのだ。

 

そして、縄文文化バリバリのキャラ
もののけ姫参上。



タタラ場のリーダーが女性です↓
これは監督の創作みたいね
だが、山の民が弱者に優しく、ライ病を患うものを
受け入れてたことは歴史に残っているので
そこらへんもちゃんと描いている。



アニミズムの神様ですな~

このアニミズムの神様VS仏教が
ウルトラマンという説があるよ



 

一方、森でも勢力争いが。


もののけ姫がアシタカに干し肉あげています。


縄文系のヒトビトは竪穴式に住んでいたので
このシーンとかも計算されているのであった。



アシタカは宮崎駿インタビューにもあるように
あきらかにエミシを意識しているんですね。

======================

ここから民俗学の話になるのですが・・・

エミシはその後、山奥で生き残り
サンカと呼ばれるヒトビトになった・・・
という説をとなえる人がいた
それが、またもや登場の柳田国男なんだよなぁ。


しかし、現在では「サンカ」という存在に
ついて3通りの解釈があって

1)柳田説:エミシの生き残り

2)喜田説:室町時代に山の者と呼ばれたヒトビト

3)沖浦説:意外にも幕末が起源


・・・の3択である。

宮崎駿は室町時代に山の者と呼ばれたヒトビトを
書いて、日本人とは何かを再考したかったのでは?

でも、それが「サンカ」と呼ばれる人とイコールなのか
と言われると、これがまったくの迷宮入りになる。

なんせ、資料がほとんどないうえに、
大々的にサンカをコンテンツ化した人物・三角寛が
かなりの商売上手なのだ。


いまでも「サンカ」といえば、一昔前の
人なら三角寛の「サンカ小説」を挙げると思う。

昭和初期~第二次大戦にかけて
「サンカ」の存在自体を
三角寛がトンデモない感じに脚色して小説を量産、
一般ピープルの「娯楽読み物」にしてしまって
サンカのイメージが大変なことになりました。

大衆ウケ狙い=エログロ投入ってことで、
もうどんなことになったのかは想像できるかと。


なお、サンカ小説が売れなくなくなると、
ミカンの皮で入浴剤作って売りまくった
商売上手な三角寛・・・・なんだかなぁ。

ネットがある時代だったら、サンカ小説の猟奇的な脚色も
「んなわけねーだろ ワラ」
って終わったはずなのに、三角寛の創りだした
サンカ像はメディアによって広がりまくって、不安の多き時代の
スケープゴートになっていったわけです。

脳内ファンタジー色の強い柳田国男が明治44年から
サンカの研究をはじめて・・・
昭和初期に「売れるコンテンツ」にした三角寛。


が、しかし、サンカに関する資料が少なすぎるために

三角寛に頼るしかない→でも三角の資料はかなりマユツバ
→でも三角の資料に頼るしか・・・
の永久ループにハマりこんでいた。

そんな時に、
沖浦先生の研究が登場。
やっとこさ、地に足ついたサンカ研究が!

三角のサンカ研究へのツッコミの延長で
出版されたちゃんとした本です。

沖浦先生が三角に対して思うことは以下のような一文で
表現されています。

功罪相償う

マユツバものだけど
業績にならないこともない、とそんな感じに斬っている。

沖浦先生の本はこちらです↓

このようなマニアックでディープなテーマを文庫で読めるとは
文春文庫凄いな!

沖浦先生のサンカ起源説がこうだ。
まず大前提といしているのが
サンカという言葉の初出が安政2年(1855年)
である、ということ。

それをふまえて、沖浦先生は以下のように
推論を立てたようです。

本書のP262~

1)1833年天保大飢饉で餓死者30万人
7年間もの大凶作

2)しかたないので、さまよい歩くヒトビトが出てくる

3)山や川で小屋をかけながら
竹細工や川魚漁で生計を立てるようになった

4)沖浦先生は柳田の
「サンカ=縄文時代の山の民の生き残り説」を
否定しているのだ。

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『もののけ姫』の話に戻るけど、
柳田国男のファンタジーと
宮崎駿のアニメは、やはり近いと思う。
宮崎駿が偉いのはインタビューで内省的な歴史観を
「好きな道楽」
って強調しているところだ。
そこが真摯だと思う。

日本の縄文ファンタジーを
現代に繋げようとする内省の学、という意味では
柳田国男の民俗学の継承者
は宮崎駿監督なのではないかなぁ。

そして、宮崎駿の編み出した民俗学を
イギリスで舞台化・・・新たなイメージになるのかと。

いろいろ思うことはありますが
『もののけ姫』で山の民とタタラ場の交流を出している
宮崎駿は凄いなぁ、と思いました。

稲作のムラは「タタラ場」を特別な目で見ていたし、
「山の民」も違うヒトとして見ていた。
だから『もののけ姫』で稲作のムラから疎外された
「タタラ場」と「山の民」が助け合うのは
理にかなっている。

なんというか、『もののけ姫』は
それをきっかけに民俗学の世界に
足を踏み入れる素材として使用すればいいのではないかと。
そして「日本ってどうしてこうなった」を振り返る時期が
来ても良いのではないか?と思うわけです。

「日本はダメなんじゃい」「やる気のある人は海外へ」
・・・といっても、誇りなきまま、日本を捨てても
デラックスファイター的価値観の
下請けになるだけだと思う。

注)デラックスファイター的価値観:http://riekonaito.blogspot.jp/2013/01/blog-post_4.html

というわけで、これからもちょくちょく
民俗学の資料を読んでまいりたいと思います。

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