2013年3月27日水曜日

【野ばら神話の解体、そして服飾の夢の再生とは】『ひとはなぜ服を着るのか』

前回、もののけ姫のお話でしたが・・・

http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_26.html

この記事をfacebookでシェアしたところ・・・
サンの衣装の呪術的な力→服飾ってなに?
という話になりました。

そういえば、服飾の力ってホントになんなのでしょうね?

当ブログでも繰り返し問いかけてきました。

JJがガラパゴス化していること。
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/12/21.html

ロリータ服が異人化の装置であること。
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/02/spoon20134.html

キューティがファストファッションに傾いていること。
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/11/vscutie201212cutie.html

宝島のファッション誌が福袋化していること。
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/317.html

女性なのに、一周まわって雌擬態。
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/02/blog-post_5556.html


日本人が「お洋服」を着始めてから、ものすごい勢いで
世界中のあらゆるネタを使って新しいものをつくり
それを売るための「物語消費」としての
(物語消費についての大塚英志の本はまだ今度)
雑誌がどんどん創刊され・・・
(そして淘汰されていき)
今度は差異化戦争でとんでもアイテムが続出し、
いま10年代になって、今度は
鹿鳴館~ゼロ年代の「ファッションのデータベース消費」みたいな
ファッションになっていると思う。

このページで
モノと人の関係について、各自解散、あとは好きに生きてくれ
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/12/blog-post_27.html
と書いたが・・・ファッションについてもそのようになっていると思う。

王道が無くなり、各自解散して、好きなデータベースを消費している。

服装が「着る人の愛好するデータベースを
読み取ることができるアイコンと化していること」は便利だ。

ツイッターの自己紹介欄「好きなものの羅列」=自己紹介になる
ってことは以前この本で読んだけど
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/01/blog-post_19.html

いまは服飾が「ツイッターの自己紹介欄」みたいな
役割を果たしているのではないか?
と思います。

だから、キューティのストスナが90年代女子高生みたいだったり、
リンネルの最新コーデがMCシスターのフレカジみたいだったり、
きゃりーぱみゅぱみゅ、よくよく見ると竹の子族みたいだったり・・・

なおかつ、ネットでいろいろな情報を入手できたり
お母さん→娘という形でレトロスタイルを取り入れたりして
(90年代女子はお母さんも「ファッション誌」信者だったケースが多い。
1990Xのぱすぽの母娘記事とか
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/12/1990.html
大石蘭ちゃんのお母さんがオリーブ世代とか)
過去のファッションが母子という関係で
リバイバルしているのではないか?

ファッションクロニクル・・・みたいになっているのが
10年代のファッションだと思う。

以前、雌ガールの話題で「男目線でファッションコーデ」っていう
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/02/ar.html

キーワードが出てきたけど、もうひとつキーワードを探るなら
「クロニクル化」だと思う。

念のため、「現在リバイバルしてないないファッション」を
この本で再確認してみたところ・・・





再生できていないのは、戦時中の「もんぺ」と
80年代の「ピンクハウス」の2点だけのような気がします。

バブル期のファッションは
わりと、ガガさまが着ているものに似ている。
エルガールなどの海外系ファッション誌見ていても、
ビックアウター系は意外にリバイバルしているんだよね。

なお、この本『日本のファッション』の19ページに載っている

「洋装史の第一歩=鹿鳴館スタイル」が
ゴスロリにそっくりなのよ・・・(以下)









ゴスロリはストリートで
鹿鳴館スタイルがリバイバルした側面もあるのでは?

えーと、ここで、いったん
「もんぺ」と「バブル」「ゴスロリ」は保留にして、
「ピンクハウス」がリバイバルしないことについて考えよう。

以前、ツイッターで議論したのですが、
(ろくで先生、らん☆まるさんとの議論。
詳しくはツイッターのTLをご参照ください)
ピンクハウスって
10年代のクロニクル状態において
オリーブ読んでた母世代が娘に継承しても
おかしくはないアイテムなのに
継承しない、という事態・・・この断層の間には、やはり、
このお方が鎮座ましましていると思う。
(スマホだと以下の動画が表示されない場合があります。
 PCでご覧ください)


ピンクハウスがデータベース消費に
再生してこないのは 「ゴスロリが役割を兼ねている」ことと、
あと、やはり、 花子はんの半端ないパンチ力の影響だと思います。

 ピンクハウスは物語消費アイテムだったんですよ・・・。
 赤毛のアンとか、大草原の小さな家のイメージが
 背景にあったからこそのカントリーだった。



でもカントリーの物語VS花子はん を対戦させると・・・ 
プリンスエドワード島よりも 西部開拓物語よりも
花子はんのほうが強いのよ。

 やはりケープで固めた前髪が決定打だったと思います。
 あとメガネの和光っぽいメガネ。
(注:和光のメガネは良質です。ただ、ピンクハウスの
カントリーとは波長が違うという意味)

 和光とケープでカントリーの物語が
 呪術的な戦闘力として読み替えられてしまった。 

もし、ピンクハウスの夢の物語を再構築するならば、
 「花子の戦闘力がありながら、赤毛のアンの夢を背負える」
 春香クリスティーンをアイコンにしたらどうかと思うのだが、
 大きなお世話かもしれません、すいません。
 
 
そして・・・ロリータに関しても 折り返し地点がやってきました。

つい数日前・・・ここに来て、 野ばらさんが構築したお洋服の夢がフィナーレを迎えたのです。

  野ばら先生の夢の終わり。壮絶です。 http://ameblo.jp/dantarian2000/entry-11496820051.html

 ゼロ年代にお洋服の夢を構築した野ばらさんが 
浪費の末、読者にカロリーメイトでいいから送って欲しいと 書いているこのエントリー。

野ばらさんは、ゼロ年代に 「お洋服」の夢の城を構築した人です。 
不況下にあっても、 お洋服で夢を見ることができることを提示できる・・・ 
しかも砂上の楼閣どころか 砂上に甘い砂糖で城を作ってくれた
凄い人だったんですよ。 その夢についてはここで書いた。 http://riekonaito.blogspot.jp/2012/08/blog-post_27.html 

野ばらさん・・・実は裏では ものすごい苦労して、 
フリーペーパーから上がってきて、 単行本出して映画化にまでなった。

 でも、そんなことは表に出さずに、 お洋服の夢を構築してくれていた。 
ゆえに、乙女のハートをグッとつかんだし
消費で幸せになれる神話を紡いでBABYのお洋服の物語となった。
しかし、つい数日前・・・その人がついにギブアップ宣言を・・・。

 それまでは、 文庫本『それいぬ』のP75が野ばらさんの骨子だったんです。
 彼は、幸せになるために 物理的方法論よりも「想念的方法論」を推したんです。


  この本のP75に
  「面倒くさい努力よりも、時空を歪ませワープする ダイナミックな根性のほうが、
ラクチンでドラマチックです。 大島弓子の描く主人公なんて、
皆そうやって幸せに なりますもの。
社会なんてスプーンより簡単に捻じれちゃうものです。」 
・・・・と書いてあります。 

しかし、結論から言いますと、野ばらさん、
いったんワープされましたが 2013年に地上に戻ったみたいです。

 一方、ロリータ服は夢見るものから現実の戦闘値へと還元され
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_6.html

ロリータが夢というよりも、日常に溶け込んで、さらに そこでどう活用するか?と
いうことになってきたのです。 spoon.の『ロリータと装甲』で玉城ティナちゃんが
 ゴスロリバイブル的な撮影ではなく、 「ふつうの公園」で
日常着としてサラッとロリータ着てたのが
 10年代のロリータだな、と思いましたし、
 「夢」ではなく「現実で着こなす」ものになったんですよね。
 着こなして、どう生きるか。 ロリータの戦闘能力をどう活かすか。
 一方で、男子をビビらせない範囲で 喜ばせるコスプレとしての衣装も 一般化してきましたし http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/2013222.html 

現在、ありとあらゆる服飾のカードが
出尽くした後の空気を感じるのは自分だけでしょうか。 

鹿鳴館以前の着物スタイルに戻るという選択肢もあると思いますが、
それはゼロ年代に、「若い人へのキモノブーム」で既に波がありましたよね。

 私も着物ムック本1冊買いましたし(やまだないとのマンガが載ってた)
実は大正っぽい古着の着物、千円くらいで1着買いましたのよ・・・・・・。 

そういえば、緒川たまきが明治大正の
 懐古スタイルのアイコンにもなっていました。
 (注:さかもと未明さんの振袖は別モノです。あくまでも緒川たまき) 

大正レトロはブームは過ぎ去ったけど、10年代にも
固定客が出来ていて 『海月姫』にもキモノオタクの女性が出てきますね。


キモノブームはさておき、
男性の女装→女性のオシャレという流れを
取り入れた『海月姫』は
時代の最先端だった気がする。


雌ガールとかも、この空気だもんね。


えー、前置きが長くなりました。


前置きのまとめとしては======================

1)服飾がデータベース消費になっている
2)クロニクル化していて、リバイバルしてないのはモンペとピンクハウス

3)野ばらさんが渾身の力で建設した甘い夢が、つい数日前に終わった
4)しかし、ロリータは新しい意味合いで継続、
キモノのリバイバルも固定客が出来ていて継続、
どうしていいか分からない層はAKB化、
モテたい人は男性の女装を真似る事態に↓

================================ 

・・・という感じでしょうか。
 そこで、服飾カードが出尽くし、
 ディーラーも手持ちのカードを出せなくなってきてる10年代、
ゼロに戻って・・・・

服飾がなんなのか、 服を買うという行為は何なのか、
 も一度考察してみましょう。

 ここで参考になると
思うのがこの2冊です。    

この本のP32がわかりやすい。

1)衣服がいったんじぶんの<第二の皮膚>になると
<わたし>の表面はこの衣服の表面に移行する

2)想像された自己の身体イメージ:最初の衣服
衣服:存在の蝶番

3)じぶんの存在の物理的な形態を変えることで
じぶんの実質を変容させたい、
じぶんの限界を超え出たいという欲望で
わたしたちは疼いている


<<以下、私のコメント>>

なるほどね。
日本はもともとキモノを着ていたのに、
西洋の憧れで鹿鳴館スタイルが出来て以来、
あらゆる西洋のモチーフを記号として
取り入れてきた。

日本人であるということも跳び越えるために
カラコンも流行した。

しかし、ここに来て、海外勢が日本の文化を
逆輸入しはじめたんだな・・・。

日本人が記号としてファッションに取り入れた
西洋風アイテムは「強度」が強いのだ。
だって「記号」だもの。
もっと強い「記号」を追い求めていく
うちにオリジナルの戦闘力を超えたのだ!!

その結果、このようなことに!!




西洋リスペクト、ヘプバーンへの憧れ、
ナチュラル回帰、キモノ懐古、
・・・ギャル、オタクコスプレのファッション化・・・

そして、一周まわってアリゾナにギャルサー?

欧米がファッションの強度を求めて
日本の強めな記号を消費しはじめた。

一方、日本の消費者はユニクロのヒートテックや「しまむら」で
「記号」や「物語消費」から降りはじめている。

これから、どうなるんだろう?



次にご紹介するのが小阪氏の本。

「どうして服を買いたくなるのか」が言語化されている
面白い本です。

この本のP79に
「beingの所有」という概念が出てくる。

1)havingは所有であり、モノに直結

2)beingは「何者かになりたい」に繋がる

3)havingが家や車なら、洋服の消費スイッチはbeingである。

4)つまり「未来になりたい自分」を想起させるものが売れる。

5)「そうそう、こういうのを探してたんだよね!」は「情動」


<<以下、私のコメント>>

現在、服飾に関する「情動スイッチ」って
どこにあるんだかわかんないんだよね。
いま、洋服の物語が混迷ゾーンに入っているのは
「なりたい未来の自分」ってのが
てんで見えてこないからなんだよな・・・。

玉城ティナちゃんの日常×ベイビーのグラビアは
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/02/spoon20134.html

新しい物語として機能するかもしれないけど
『下妻物語』の桃子よりも
「強い物語」として機能するかどうかは、まだわからない。

しかし、ゴスロリのカリスマ・青木三沙子さんが
もともと看護師をやりながらゴスロリを着る
地に足ついた人だったので・・・
(どれだけ売れても、ゴスロリは副業で
看護師が本業っていうのが息の長い理由だと思う)
「日常×ゴスロリ」は青木さんの立ち位置に戻っただけかもしれん。

いずれにしても、ゴスロリは日常の戦闘用、
ゴスロリバイブル的な耽美な嗜好品、
バンギャルのコスチューム、
アニメファンの空想の具現化、
「クラスで浮いちゃう子の居場所」としての
「オアシス」などなど・・・・
として細く長くお洋服の夢を見させて欲しい気もする。

歳を重ねても少女として生きる
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_17.html
乙女サークルのコスチュームとしても生き残れるかも。
お茶会文化というか。

ホモソーシャルの裏返しで女子会が
あったとしても、女子会って悪口大会になりがちだ。
しかし、耽美やゴスロリが女子会的な世界の
シンボルになった場合、悪口大会じゃなくて
「美を愛する会」になるんだな。

だから、大正に流行した女学校の「エス」のような
文化の復興としても、ゴスロリは残って欲しいかも。
(ただし、サークラ層
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/02/blog-post_19.html
でも時々着る人がいるので、
そこらへんは触れたくない)

・・・このように、
さまざまな「細かい需要」を
まとめて充たす「重層的な服飾」として
ゴスロリはこれからも残ると思う。

野ばらさんの物語が終焉しても
なんとか違うストーリーを読んでいける
素材だと思いますし・・・。

あと、アニメの衣装の記号としてのデフォルメが、
ベイビーのゴスロリ服をデフォルメしていく過程も
薄々感じる。ってか、アニメとのコラボ企画あるじゃんね?
http://www.babyssb.co.jp/collabo/kuragehime/index.html

(キャラを2次元で識別する記号としての
デフォルメだったのだが・・・3次元コスプレで
それを表現しようとして・・・
さらに、そのオタクジャンルのコスプレ要素が
ファッションの分野と融合し、
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/2013222.html
そこから独立したファッションも釣られてデフォルメ)

一方、ゴスロリ以外の服飾は、「なりたい未来の自分」を
想起させるアイコンが不在のままなんだな。

蒼井優のショートカットは
世間が思っているよりも大きな影響を与えたと思う。

http://riekonaito.blogspot.jp/2012/10/spoon-201212.html

「森にいそう」
「自分でもなれるかも」
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/01/blog-post_3.html

という2つの要素を重ねていた
森ガールはおよそフェリシモ4個分くらいの
経済効果を持っていたアイコンだったと思うんだな。
(東京ドーム4個分どころではない)

いま、ほんとに見えないんだ。
「こうなりたい人」っていうのが。

有名人もツイッターやりすぎ、メディアに出すぎて
神秘性が薄れてしまっている。

吉高さんもツイッターで謎ポエム書かないほうがいいんだ。
少年アヤちゃんのネタにされるから。

ほぼ映画か紙媒体にしか出ない
っていう神秘性の出し方は

宮崎あおい→二階堂ふみ
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/11/freecell-12-20121031.html

に継承されたと思うんだけど、
今度は、映画へのハードルが高くなりすぎて
宮崎あおいの映画を劇場まで足を運んで観るっていうのも
苦しくなってきたかも。
(だからこそ、宮崎あおいさんは大河に出たのかも)

実は、わりに宮崎あおいの駆け出しの頃の映画を
劇場で観ているのよ、わたくし。
劇場か、オサレ系雑誌という2択でしか会えない人だからこその
「何か」があったんだな。
「雑誌信仰×劇場にしか出ないヒト」という相乗効果による威光は最強だった。

ゼロ年代に「ネット×紙媒体」で
威光を作っている人もいた。
でも、情熱大陸かソロモン流に出ると一般化し、
神秘性を失い、紙媒体を買う気にならなくなるんだ・・・。
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_22.html

村上龍も、カンブリア宮殿に出た時点で
紙媒体での威光を失ったと思う。

もし村上春樹がグルメレポーターやってたら
新刊予約しないって。
露出しないがゆえのストーリーテラーなんだ。

http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/590.html

ファッションアイコンも同じ。
ストーリーテラーになれる人を求めている。

存在から物語を想起させる人、それによって
「こうなりたい」と思わせるファッションアイコンが求められている。

アイドルにそれを求めるなら・・・
AKBの物語が
あっちゃん卒業→
キンタロー→あっちゃんのセルフパロディで
落ち着いたいま・・・


アリス十番の物語が面白いかもしれない。
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_20.html

一方、ロールモデルをオサレ系に求めるなら、
玉城ティナちゃん推しかな。
なんてったって、アイドルコンテストの受賞の
コメントに「ひゃっほい」付けてるのよ・・・(以下リンク参照)

http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20120713/Cobs_ie_201207_id2013gp---14.html


世に出てきて、最初の言葉が「ひゃっほい」ですからね。
この身軽な感じが次世代の物語を紡ぎだせるかもしれない。

==============================================
☆追記☆

と、おもったら・・・ツイッター経由で
当記事への感想が来ました。
みっちゃんのコメントの破壊力が半端ない。

みっちゃん:「裸で出歩くと捕まるから」「体型を隠すため」
うちはそれくらいしか理由がないです(・・;

私:あっ。鷲田清一の服飾の哲学を
根本から覆すコメントですな!

鷲田先生のこの本、文庫化されたのは
昨年だけど、単行本は1998年に出ているのよね。
1998年は服飾の夢、ファッション雑誌の夢が
まだ盛られてた時期なのよ。

ある意味、2013年現在は服飾が
「アダムとイブが禁断の実を食べた」時点に戻っているのかも。
「性器は隠さなきゃ」「楽園追放で、寒いので防寒」
ってところに戻ったわけですよね・・・。

鷲田先生の服飾論が
ファッション学のスタンダードテキストになっているけど
そこから見直すべきなのかもしれない。

☆追記その2☆

当ブログの常連レトロちゃんからも
コメントいただきました。

レトロちゃん:「この身軽な感じが次世代の物語を紡ぎだせるかもしれない。」
という締めくくりは、まさに今の年代の空気を捉えていると思います。
読んでいてすごく腑に落ちました。RPGの中で、装備を買ったり、ジョブを変える感じ。
それこそ「ロリータと装甲」ですが、お洋服と言うアイテムは、
世界を気軽に行き来出来る自由さをもたらしてくれるものだと思います。

あと、ロールモデルのお話は、以前先生の授業でやったプレゼンを思い出しました。
確か、女優さんやモデルさんが多かったのを記憶しています。

でも町を歩けば綺麗な人は沢山いるし、普通の女の子でもアイドルになれる時代なので、
物語を想起させるような人は、あまりいなかった印象があります。

テレビに出ているような人でも、雲の上にいる訳ではないというか・・・
なんかすごくふわふわしてる感じに思えました。
だからこそ、強烈なロールモデルと出会った時の体験は、
その人の価値観まで変えてしまうんだろうなぁと、自分の体験談として改めて思いました(笑)

:ああ!そういえば授業で「自分のロールモデルを提示する」という
プレゼン企画やりましたな。
企画した自分がすっかり忘れていましたW

ちなみにロールモデルの話は
新聞のコラムに書かせてもらった↓
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/09/blog-post_7322.html

自分の場合は、松田優作をロールモデルにしたおかげで
何年間かそのイメージに引っ張ってもらった記憶があるのよ。
それで「ロールモデル探し」の授業をやりました。

たしかに、あの授業(2011年の授業・2年前)で
ロールモデルとして挙げられていたのは
女優やモデルが多かったね。

当時のロールモデルは
ノリカ、ガガ様、アンジーの
3大勢力に分かれていましたな。

その中で、あえての湯澤さん推しがレトロちゃんなので
ものすんごい印象に残りました。

湯澤さん:http://www.cinra.net/interview/2013/03/01/000000.php

ネットでわりと自由に情報発信できる現在、
ブログやツイッターを活用する・しない、
映像媒体に出る・出ない、
それらがロールモデルの威光に影響しているよね。

楽屋話をツイッターで流せる分、
威光を発するのも難しくなっている。

逆に言えば、本番で弱いのに楽屋では面白い
楽屋キャラの人がネットで人気を獲得できる可能性も出てきたんだけど・・・。

楽屋話じゃなくて、物語性のあるロールモデルが
求められているのかもね。
美輪さんが、スピリチュアルブームが過ぎ去った
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/3anan2010310.html

現在もメディアで威光を発することができるのは
彼には物語性があるからかもしれない。
(なによりも、美輪さんは
時代が変わっても消費され尽くされないだけの
実力があるから・・・というのは言うまでもない)

なお、物語性が求められているからといって、告白本などで
売ってしまっても、すぐに消費されてしまうのだ・・・。

トラウマ語りコンテンツ、アダルトチルドレン感は過去の遺物だし。
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/12/blog-post_31.html


と、なると、やはり「ひゃっほい」が正しいと思う。

ひゃっほい!!
====================

☆次の日の追記☆

この記事を書いた次の日にも
新たに面白いコメントが来たので載せます☆

くまこさんのコメント今お洋服は、1.わいせつ物の陳列を避ける 2.防寒 3.社会への帰属(学校や一部の会社の制服、相手に不快感を与えないようにする)ぐらいしか意味が見当たらないです。なのにズッカとかこじゃれたセレクトショップに行くと
私のテンションが上がるのはなぜなんだぜ、ですが。

:うーん、基本的な機能しか意味ないはずなのに、オシャレの楽しさも本能に組み込まれているのかもしれない(*_*)ただ、メディアが介入すると、本能だか資本主義的なものに煽られてんだかわからんくなる。でもオシャレの原初的な楽しさはなくならないかも(^o^)/

くまこさんのコメント:あ、メディアの介入は確かにありますね。女性誌のほとんどは「外さない」「モテる」「イタくない」というキーワードで自分の属するコミュニティから逸脱しないコーディネートに心血を注いでる感があって、図書館で「STORY」読んでるこれでいいのかと不安になります。

私:コミュからの逸脱ばかり気にしてると、服がつまんなくなりますよね(*_*)安野モヨコ先生もキレイ系の服のつまんなさ指摘してました。もっとシンプルに好きな飾り付ける的な地点に戻りたい。ぱみゅぱみゅとか、そこらへん自由そうですW(`0`)W

=============================
さらに佐藤さんのコメントも・・・

佐藤さん:なんか複雑で難しいですね。
もっと単純に着飾りたい!てのじゃだめなんすかね???
うちの子(娘さん・小学生)凄いおしゃれ好きで洋服とか

選ぶとき本当楽しそうなんですよ。
もちろん、お姫様!とかそういうのありますけど、単純に色とか光ってるとか。
民族衣装とかのノリに近いんじゃないすかね。

きらきらで派手派ででおしゃれですもん。いわゆるファッションではなく、
なんというか本能的に着飾りたいという結果というか。
派手な鳥とか、虎とかヒョウとか参考にしたりとか。
そこには消費社会やもちろん商品という感覚がないので、純粋なおしゃれというか

みんな持ってるはずのそういう感覚がいつのまにか消えてしまってる

ていうことが問題なんではないでしょうか。

認知症の老人がお化粧してもらうと、凄くいい笑顔をしたりするんですよね。

なんか、おしゃれするってのは、単純にそういうことなんではないかなー、なんて思いました。


:そこですね。メディアの操作とか資本主義的価値観なしに
「原初的なおしゃれの楽しさ」を楽しみたい!
その精神性を再生すべきだと思います!!

☆後日談☆
「もんぺ」がリバイバルしていない・・・と指摘したものの、
野良着がパンクのジャンルで再生していました。
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_3634.html

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