2013年3月28日木曜日

【エスって何?】『女学生手帖』(河出書房新社)×『大正浪漫100年の光と影』(徳間書店)

昨日、この記事でhttp://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_27.html

ゴスロリ文化のお茶会の背景には「エス」があるんじゃないかと指摘しました。
(注:そうじゃない場合もある。バンギャル系・サークラ系ゴスロリもある)

ゴスロリの背景に「エス」があるなら、
ゴスロリの神話を下妻でつくった野ばらさんも
そのあたりの文化に造詣が深いはず・・・・・・・

と思っていたら、やっぱりそうだった。

「エス」の文化を紹介する本に特別寄稿していらっしゃった。

















『下妻物語』の
桃子⇔イチゴ(通称イチコ)の間には「エス」の空気が流れているし
ゴスロリ⇔ヤンキーという表面的に見えているには
違うんだけど、ゴスロリのコミュニティもレディースのコミュニティも
実は「エス」の文化が根底にあるのだよチミ・・・。

やることなすことは全然違うのだけど、
根底にあるのは「エス」だと思う。

その「エス」の精神性を懇切丁寧に本書で解説している
野ばら先生の寄稿文をまとめてみよう。

女学生手帖―大正・昭和乙女らいふ (らんぷの本)

本書のP116~======================

1)「エス」の定義:女性同士の友情、恋愛未満の感情、もしくは関係のこと

2)これは明治の頃から戦前にかけて自然発生した

<<私のコメント:なぜこの時期に発生したのかは
大塚英志の『少女民俗学』を読むとわかる>>

http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/blog-post_17.html


↑このページに「とりあえずそのまま勢」っていうのが
出てくると思うんだけど・・・・・・・・・
少女としての時間があるのに、
身体は性成熟しているのに
時代的には「自由な男女交際がタブー」っていう状態、
さらに周りには同性がいっぱい。

・・・となると、同性に疑似恋愛する人たちが増えるのも
なんとなくわかるよね?

でも、このあたりの「生産性がない少女同士の恋愛」っていうのは
耽美な文化の源になったのよ。

また野ばらさんの解説に戻ろう。

3)エスの文化を花開かせたのは、吉屋信子っていう小説家。
野ばらさんが推しているのは『日陰の花』っていう作品ね。

4)ここで野ばらさんが強調しているのは、レズビアン=エスではないってこと。

同種に惹かれ、一体化したいと思う
=近親相姦的(こちらがエス)

異種のものに惹かれ、
己の欠けた部分を補うため
=社会主義的願望(こちらがレズビアン的)

===================
<以下、私のコメント>

下妻がエスっていうのは非常にわかりにくいんだけど・・・

現代の「女子会文化」っていうのは異性愛ベースで
そこから発生した「ルサンチマン」の発散場所と化しやすい。

つまり、異性へのモテ・非モテが軸となって
モテる子の派閥に入って、
合コンのメンバーに入れてもらったり・・・
異性に振られた時に慰め合う。
恋バナに華を咲かせる。
セクハラオヤジの悪口を言う。
もし、恋愛強者がいたら「あのヤ**ン」と言って憂さを晴らす。

もちろん、そんな会ばかりじゃなくて
「旅行」や「スイーツ」の話になることだってあるだろう。

しかし、基本的には異性愛が軸になっているので
けっこう脆い。趣味縁じゃなくて「異性愛」をテーマにした
会合なので、「異性愛」イベントが発生した場合、
「女子会」は後回しにならざるをえない。

女子会でクリスマスを計画してても、その直前に
彼氏ができて彼氏とクリスマス・・・という場合、
女子会は反故にされます。

残されたほうも「彼氏ができたんじゃしかたないよね」ってことで
女子会は「残されたほうのヤケッパチ」の空気と共に
開催されることになります。
(実は彼氏に気遣うクリスマスよりも
ヤケッパチ女子会のほうが楽しい可能性も多々あるのだが)

つまり、女子会の軸は、女子会なのに「男性中心主義」なんですよね。

でも、エス的なお茶会文化は「男性中心主義」ではなく
中心にあるのは「美」や「友情」なんですよ。

下妻のイチコが桃子に惹かれたのは、周囲の
「女子会的な女の子の群れ」
「集団でしか動けない感じ」を嫌悪し・・・
「フリフリ着てても一人で立っている」桃子に出会い、
自分と同じ精神性を見出したからなんですよね。

だから、服装や文化圏は違っても、
近親相姦的なエスの精神性が根底にあるんですよ。

宝塚ファンと下妻ファンが被りそうで被らない理由がここにあると思います。

宝塚ファンは女性が女性に恋しても・・・

「異種のものに惹かれ、己の欠けた部分を補うため」
つまり、女性が、男役の女性(男性よりも男性的)に憧れる行為であり・・・

ゆえに、保守的な部分があるんです。

昨日、ツイッターで宝塚ファンのピンクハウス愛好が
話題になりましたが(詳しくはTLをご覧ください)
宝塚とピンクハウスの保守性は相性が良いのだと思います。

それに対し、「エス」的な文化は攻めの「ロリータ」と相性が良い。
男性中心主義ではなく、自律した精神性を持つロリータ。
レディースの特攻服も造形は全然違うけど、根本的なところは同じ。

イチコは劇中で恋をするけど、
イチコの姐さん的な人が
その人と結婚するとなると 
姐さん>好きな異性
なんですよね。異性愛もあるだけど
彼女はエス的な情愛のほうが強い。

あと、たぶん誰も指摘してない気がするけど、
『富江』シリーズの及川監督作品・中原監督作品は
富江⇔月子の関係性に「エス」の要素を取り入れている。

詳しくはこちらのリンクへ↓
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/12/blog-post_3.html

伊藤潤二先生の原作コミック版の作品でも、1回だけ「エス」を
表に出していた気がする。
お父さんが富江の髪の毛を持っていて、
その髪の毛を介して「お姉さま」として
少女が富江を崇拝する回ね。

あの回は直接的には映画化されてないと思うけど、
あの精神性を富江シリーズの映画版に取り入れた
及川監督&中原監督が
『富江』シリーズの根底にある面白さを分かっている気がする。
(他の監督はエスへの理解が無く異性愛を軸に描いているので、
 なんか薄い感じがする)

『富江』の映画(及川監督版と中原監督版)が
面白いのは、富江に対する「憎悪」「愛情」「憧れ」が
全部ごたごたに混ぜられて、
エスとレズビアン的な感情、
異性愛を軸にした嫉妬・・・
これらが一挙に月子に押し寄せてくるところを
描いているところだ。

野ばらさんが描いたようなエスか、そうじゃないか、ってう
分化させた感情じゃなくて、女性→女性の
近親的な愛情、近親憎悪、強いものへの憧れ、嫉妬、
美しいものをめでる古代ギリシャ人的な感情・・・
それらを、ぜんぶまとめて描ける稀な題材が
『富江』なんだな。(もちろん二次創作しやすいって側面もあるが)

なお、中原監督が安藤希と宮崎あおいの組み合わせで
「エス」の要素を『富江』シリーズに入れることができたのは
ひとえに中原監督が過去に
『櫻の園』を撮影したことにルーツがあると思っています。

こちらが1990年版の『櫻の園』ですね。
古式ゆかしき「エス」の魂を思いっきり投入した作品です。



なんと、中原監督、この『櫻の園』を2008年にも一度つくっているのよ。
どんだけ好きなんじゃい。




===========================


ちなみに・・・「エス」の文化がなぜ大切かといいますと、




ここで大塚氏書かれていたように「近代の落とし子」である少女、
その少女が少女と作り出した独特のものだからこそ
語る価値があるのです。

「それまではなかったもの」だからこそ、
「少女」という存在、
そして、「少女×少女×時代性」で生まれた「エス」という
文化が面白いのだ。

実は村上春樹もエス描いている。
『スプートニクの恋人』はモロにそうだし、
『1Q84』の青豆とソフトボール部の仲間の女性の関係性はエスだよ。
村上春樹は、大手のメディアが黙殺しているけど
実は日本の根底にある文化である「エス」っていうものを
描きたかったんじゃないかな。

まぁ、欧米でも『ひなぎく』『エコール』『乙女の祈り』などで
ここらへんの感じを描いているけど。

特に『エコール』は良かった!


エスの精神性を隔離した場所で育てていたのに
最終的には外の世界に出てしまって、
その精神性が破壊された瞬間っていうのを
噴水の場面の1シーン(男の子とのボール遊び)で描いているのだ。

これ、近代の歪みが生み出した日陰の文化、
日陰があったからこそ育った「美」の世界が
現代に無くなってしまうことの哀しさを描いているのですよ。

性成熟しているのに、保留になっている期間が
生み出す耽美な世界・・・ってのは、
クラクラするほどの妖しさがあったんだ。

欧米の話はさておき・・・
日本のガールズカルチャー勃興期の裏側にも

思いっきり「エス」の文化があるんですよ。

ってのは、女性誌の元祖の元祖の元祖・・・
明治44年の『青鞜』を創刊した
平塚らいてうは尾竹さんという女性と
同性愛関係があって、
その2人が『青鞜』の編集作業をしていたんです。


らいてうが創刊した雑誌に、尾竹さんが「お手紙」を出して
尾竹さんが上京して一緒に働くのであります。

尾竹さん、いろいろ問題起こすんだけど、
らいてうが彼女との同性愛関係を切れなくて引き留めた事件もあります。


その同性愛関係に異性愛が絡んできて
もうしっちゃかめっちゃかになるわけですが、
最後は2人とも異性と結婚するわけです・・・。


ここらへんの顛末はこのムック本に載っています。

 
以前、当ブログで、女性向け雑誌には
同性愛傾向の男性イラストレーターが
関わっている・・・と指摘しましたが↓


女性同士の恋愛も絡んでいたのですね。


というか、そもそも文化的な創造性は
同性愛的なものと相性良いのかもしれませんね。

男女だと、愛し合う、結婚、子育て・・・と一本道ですが
同性愛だと、愛があっても、社会的な王道を進むことができにくいので
その倒錯が「文化を生もう」とする原動力になるように感じます。



しかしながら、若者の男女交際がタブーではなくなった現在も
まだ「エス」の精神性が大正・昭和ほどに
残されているのか?という気もします。


残っている可能性が高いのはロリータのお茶会文化周辺かなぁ。
あと、意外にも「BLを愛でる仲間」って異性愛に見えて
実はエス的な要素があるような気がする。

「BLっていうテーマ」を持った「女子の横の強固な繋がり」なの。
「二次元の男子のホモソーシャル」を愛でるエス的な文化、
それがBLじゃないかな?

 
現在、異性愛中心主義で
「エス」の文化の破壊でされていること(もしくは変形していること)・・・・・
でも残っているところには、残っている「純粋なエス的精神性」・・・

・・・これらの過渡期を丹念に調査したのが

辛酸なめ子の『女子校育ち』(ちくまプリマー新書)かな、と思います。


帯にもあるように「7年かけて調査」したそうです・・・。
なめ子先生の女子校に対する思い入れが半端ないっす。



しかし、なめ子先生は、照れ屋なのか芸風なのか
ここらへんの「エス」の文化を
思いっきり茶化している側面があり、
学術的価値があるのに、ジョークでボカしてあって
わかりにくいことになっている・・・。
 
この、なめ子先生の本の紹介は、また次回にしようと思います。
(ろくで先生の女子校本がAMAZONから届いてから比較したいです)

☆おまけ☆=============================
女学生手帖に昭和の女学生の「おかっぱ」のバリエーションが載っていました。
オカッパ部顧問としてまとめておきます。

1)前髪を眉の上で切りそろえるか
2)前髪を長くして7・3で分ける
3)後ろ髪を首の下で切りそろえる
4)後ろ髪を刈り上げる
5)サイドを後ろ髪に合わせる
6)サイドを傾斜をつけて前下がりにする
7)長めのサイドを耳にかけてすっきりさせる

オカッパ部の本尊、緒川たまき様のオカッパは
これらのバリエーションを巧みに使いこなし、
観る者を飽きさせません。
 
なお、緒川たまきがエス的な魅力を発する凄い映画が
『ナチュラルウーマン』なのですが・・・この映画出演時の緒川たまき嬢は
びっくりしてトラウマになるくらいの妖しげな魅力がありましたので
そちらもぜひどうぞ。
 
大正・昭和の乙女文化の懐古、
それに伴うエスという文化(&エスが生み出した耽美な世界観)を背負って
この殺風景な現代日本で夢を見させてくれたのが
「緒川たまき」という存在だったように思う。
 
================================================
 
☆追記☆当記事へのコメントです。
 
レトロちゃん:自分が女子会を苦手とする理由が、
なんとなく分かった気がしました。
 
趣味や美を大切にして、自分の魂を気高く保つことの
根底にエス的な精神性があってもいいような気がしますわ。
同性愛とエスが違うこととか
なかなか説明しにくいけど
そこを説明して気高さに繋げていけたらいいよね!
 
レトロちゃん:「自分の魂を気高く保つことの根底にエス的な
精神性があってもいいような気がする」というのは、
本当にそうだと思います!!!
信念や美学を持った者同士のエス的関係性というのは、
なんだか空想的かもしれませんが、自分の中では非常に理想です。
 
私:理想ですよね。
なお、私自身としては、エスの精神性は理解できるし、
好きなジャンルだし
脳内理想郷(その理想郷に鎮座している緒川たまき様)
があるんだけど、
じゃあ・・・ワタクシ自身が清く正しく気高い
お姉さまなのか?
といえば、全然そのようなキャラではないので(汗
なんか、そこらへんのギャップが辛いんですが、
このあたりの文化の素晴らしさはこれからも推していきたいです。

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