2013年6月25日火曜日

2013年版ドラマ『家族ゲーム』と映画『まほろ駅前多田便利軒』が現時点での「家族」「善悪」の正解だと個人的に思う件

善と悪、いじめ問題・・・
繰り返しこのブログでも取り上げてまいりました。

善と悪の問題===========
ビギンズ:アメリカの内部の格差社会問題http://riekonaito.blogspot.jp/2012/05/blog-post_1360.html

ダークナイト:ポストモダン的な善悪観
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/09/1002250.html
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/12/blog-post_17.html


ライジング:http://riekonaito.blogspot.jp/2012/12/blog-post_30.html


いじめ問題============

サンデルで考えるhttp://riekonaito.blogspot.jp/2012/05/blog-post_13.html

いじめの構造で考える
http://riekonaito.blogspot.jp/2012/09/blog-post_5692.html

ムラ社会というキーワードで考える
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/02/blog-post_26.html

ムラ社会的なもの、カナダにもあった
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/06/neo-blu-ray-box.html
=============================

結論として、『鷹の爪NEO』の第三話「愛と勇気の桃太郎」が言っていた
「鬼は心の中にいる!」を挙げていましたが・・・

じゃあ、その心の鬼を滅することができる人物像は
存在するのか?(イエス、釈迦以外で)

・・・・・・・といえば、思い浮かんだのが
2013年度版の『家族ゲーム』の家庭教師と
『まほろ駅前 多田便利軒』の
松田龍平演じる行天春彦なんだよなぁ。

というか、未だ松田龍平のブログ記事が
地味にアクセス数伸ばしているので
続編書かなくちゃ、というのもありまして・・・。

=========================

まず、ジョーカーがポストモダンの時代の体現者だっていうのは
宇野氏が一般化した論だと思う。

・・・ここまでは宇野氏の論でOKなので、
リトルピープルの時代とかあのへんを読めばいいのではないかと。
このへん→http://riekonaito.blogspot.jp/2012/12/blog-post_17.html

===========================

しかし、バットマンはジョーカーを根底から救おうとしていたのか?
といえば、全然できてなかったんではないかと思います。

トラウマ→ヤケ→破壊行為で他の人間も試しはじめるジョーカー
哲学的問いかけが自己目的化しているジョーカー
そこにあるのは精神分析不可能な時代・・・

・・・っていう批評が限界だったと思う。

そしてクリストファーノーランはバットマン3部作で
善悪の根本的な解決策提示せずに
ハリウッド的映画的な自己犠牲の物語に持っていった。

ハリウッド的な自己犠牲の物語のあるあるパターンこんな感じ
http://www.nicovideo.jp/watch/1371705794
(なんでも鷹の爪で説明できるなぁ)
============================

善悪の問題を根底からひっくり返そうとした作品って
つい最近まで放送されていた櫻井翔君版『家族ゲーム』だったような。
http://www.fujitv.co.jp/kazoku-game/index.html
翔君演じる家庭教師は自分が悪になって
生徒自身、そして生徒の家庭を破壊、再生させる物語だった。

ただ、ちょっと脳裏によぎるのが『女王の教室』・・・

でも、2013年『家族ゲーム』が『女王の教室』を超えた!と思うのは

家庭教師の物語るトラウマが
ホントかウソか最後の最後で曖昧になったこと。
しかも、櫻井翔の「いいねぇ~」の
一言でホントとウソの境界線を
破壊するという神業だった。

家庭教師の
口癖「いいねぇ~」の意味が分からなかったけど
最後の最後でわかった。

「いいねぇ~」は壮大な伏線で、
善悪の境界線を
曖昧にする「決め台詞」なんだ、あれは。

自分にとって「良いねぇ」なのか
相手にとって「良いねぇ」なのか
まったく意味不明の「いいねぇ~」

根本的に相手の価値観を変えることができて
「いいねぇ~」なのかもね。

(櫻井翔のトラウマが忍足君ってとこがまたポイントで、
これは『リリィ・シュシュのすべて』の引用だよね)

トラウマ内の荒野(忍足君)の「いいねぇ~」は
相手が苦しむ様子を楽しむ「いいねぇ~」だった。


















この「いいねぇ~」をさまざまな意味に転化することによって
善悪の止揚に成功した本作品。

遊川氏のドラマも実験作として
『女王の教室』は真実設定として
トラウマを描いていていたけど
なんせ重すぎた。
(遊川氏はチャレンジャーだけど
娯楽としてのTVドラマの域を踏み越えるので重すぎる)
そして、『女王の教室』の
あの教育法を現在の学校でやれるわけがない。

だから、2013年版『家族ゲーム』のように
生徒が「家庭教師の語るトラウマと、
それを克服しようとする物語」に感銘を受けて
再生するのなら、それは
真実設定である必要なんて全然ない。
トラウマシーンが重すぎたけど、
最後に、
神木:「あれって真実なんですか?」
櫻井:「いいねぇ~」で終わらせたのが
凄く良かった。















『家族ゲーム』のドラマは物語の力で生徒の心を操作し、破壊再生を
行うジョーカー的家庭教師の話だった。

↓しかし、わかりやすいな、この破壊はW
このコメディっぽさこそ大切なんだ・・・
ラジオ体操の「お笑い要素」も軽さを出すために必要だった。
『女王の教室』はこれが無いから重すぎる。










物語の力そのものをドラマで描くんじゃなくて、
物語の力で人を変えることができて
それは虚実問わないことを描いた面白いドラマだったなぁ。

こんな生徒の家庭を壊す家庭教師がいたら
それこそ大問題で、いるわけがない。虚構。

だからこそ、ドラマにする必要があって
このフィクションで人の心を揺さぶれたらいいよね、ってこと。

いい嘘として描いた物語は、
真実の模倣として重く描いた物語に
勝る・・・ってことが
言いたかったんでは・・・?

重すぎる真実の模倣:http://riekonaito.blogspot.jp/2013/04/blog-post.html
==========================

さて、もうひとり、
善悪の止揚について
描くことを可能としていると思われる
『まほろ駅前 多田便利軒』の
行天というキャラについて。
(以下、スマホで表示されない場合はPCで)

彼、ジョーカーになりかねない存在だった。

両親からの虐待→学校の人間関係もうまくいかない
→小学校で多田にからかわれた拍子に怪我

という渦中の中にずっといて、
両親に復讐するために帰省していた。

でも、多田と話して、「最後の希望」に賭けるんだなー。

「もしかしたら、人を信じることができるかも」という希望。

行天というキャラは人の痛みが
わかりすぎる設定なので
ただひたすらに対峙する相手の痛みを理解し、赦しまくる。
山下君というヤバい人間ですら赦す。
(彼は、両親だけは赦せなかったけど、それも克服する)

多田のほうは、子供の頃は人の痛みのわからない人間だったけど
結婚生活に失敗した経験から
行天のことを理解しようと努力する。

そして、2人は疑似家族のようなものを形成する。

疑似家族はハイシーさんとルームメイト&チワワでも形成されていて
血縁にとらわれない新しい家族の形ってのを描いていると思う。

その対比として血縁なのに
子供の世話を「なんでも屋」に押し付け、
外面だけ良い母親像として描いている。

この映画には以下の家族&疑似家族が続々と出てくる

1)崩壊した母子関係・血縁
(塾の送り迎えをアウトソーシング)

2)多田と行天・非血縁
3)ハイシーさん邸・女2人のルームメイト・友人+チワワ
(ペットという存在が意外にデカいことも示唆できているし、
 ・・・・・・・・ついでに女優としての鈴木杏の着地点もわかる)














4)本庄まなみ演じる妻の同性愛カップル+行天のコドモ














5)パトラッシュとネロ(動物と人間)
6)夜逃げ家族

・・・・・・・・・・という多種多様な家族観を提示していて
サッパリとした味の映画なのに
実はものすごく濃い。

ものすごく濃いのにサッパリ見せているのは
やはり松田龍平の天性の技だと思われる。
(超自然体)

あと、父・優作が繰り返し犬死にを
美学にしていたのに対し、
龍平が「ヘナヘナしているような物腰で
実はものすごくしぶとい」ことで
新しい美学を構築していると思う。

優作氏の強さって、やっぱ「昭和臭」なんだよな・・・

龍平氏の「水みたいな強さ」が最高にカッコイイと思う、今日この頃。
=======================

<今回の私なりの結論>

2013年版ドラマ『家族ゲーム』と
映画『まほろ駅前 多田便利軒』が
「家族」「善悪」というテーマについて
現時点での「正解」を出せている作品だと思う。

内藤理恵子の読書道:記事ラベル

宗教 鷹の爪 ガールズカルチャー 哲学 若者文化 仏教 映画 ゲーム考 文化人類学 月刊住職コラム連載 社会学 キャラクター文化 ヤンキー 中外日報シネマ特別席掲載のご報告 あじくりげ映画コラム連載の掲載報告 アニメ ジェンダー 2014現代文化 仕事について 2014年「世界の宗教」講義録 90年代サブカルコミックエッセイ ヲタク文化 消費文化論 2012前期哲学(火曜)講義録 2012前期現代文化(木曜)講義録 対談シリーズ テン年代自分崩しの旅 脱力系ネタ 音楽 新聞・雑誌掲載関連 漫画考 2012前期哲学(月曜)講義録 小説 2012後期倫理学(金曜)講義録 2012後期哲学(火曜)講義録 心理学 自分探し 迷走コミックエッセイ 雑学 2000年代自分探しコミックエッセイ 2012後期社会と企業講義 研究論文関連 2012前期社会と企業(水曜)講義録 2012後期スポーツと企業講義 2013前期文化人類学(火曜)講義録 とびださない!どうぶつの村 2013前期 社会と企業 講義録 2013前期現代文化講義録 ポストモダン 日記 美術 2013哲学講義前期 現代思想 1990年代生まれの謎 企業 実用 ツインピークス祭 倫理学 KAWAII文化 アイドル考察 スクールカーストについて ドビ子の微妙な冒険 リンチ監督 旅日記 映画バカヴォンの予習のためにウパニシャッドを読む 私の体験談 そもそも教育って何なんだ?論 インテリア スポーツ美学 ドビ子博士GOを目指す 古墳ギャルコフィー 理恵子のお片付けダイアリー 純喫茶の「純」とは何か 『必修科目鷹の爪』読者限定☆リンク集シリーズ イカ部 オカッパ部 ジャバラネットナイトウ(おすすめのモノのご紹介) 名古屋 経営 経済 いじめ問題 ふつうの日記 まど☆マギ 似顔絵師ドビ子の放浪記 月刊住職連載 さんぽ日記 内藤理恵子イラスト作品集 読書について 『少女革命ウテナ』考察 まとめシリーズ 寄稿文 手芸キット レポートの書き方 ドビ子連続ネット小説「塩辛いちゃん」 何か間違っているオシャレ道 別冊spoon.34 散骨 松田優作ファミリー TV出演ネタ 2013年後期 哲学(火曜)講義録 写真 初音ミク×般若心経 構造主義 買い物道 わび・さび ドビ子が書評を演じます ドビ子アナザーワールド ラジオ出演ネタ

この窓の右端の▼をポチッとするとタイムトラベル