2013年11月22日金曜日

【ありがとう、そして、さようなら村上春樹】『地球のはぐれ方』(文春文庫)

世間がどんなに村上春樹の新刊を批判しようとも




↑AMAZONのあの伝説のレビューが

話題となり、レビュワーの春樹いじりが芸として確立されようとも・・・・



最後の最期まで、村上春樹センセイの本を
どうにかして崇拝できないものかと
がんばっていたワタクシですが・・・

がんばっていた記録:http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/590.html
がんばっていた記録:http://riekonaito.blogspot.jp/2013/04/blog-post_13.html

ついに本日その努力をやめました。

なぜなら、この本を読んだからです。
























以前、この本は名古屋の三省堂でちらっと読んで
「あれ?村上春樹ってもしかして名古屋ばかにしてる?」
と思ったのですが
当時は余裕がなくて詳しく確認していませんでした。


しかし、この本を、AMAZONで買って再読してみたところ・・・

本当に涙が出るほどに、自分の地元である
名古屋がバカにされていることに気づき・・・
(注:私は都市部である名古屋市内に
住む夢も叶っていない愛知県民です)

さらに、この本↓のモトネタが













既に、この『地球のはぐれ方』に
出てたことに驚き
少し寒気がしました。













都会に住むオサレな職業人たち(作家・スタイリスト・アート系)が
「ちょっと変なところ」を見てまわるという企画である
『地球のはぐれ方』という本・・・・

この本に地方への愛(サブカル的な愛)が
あればまだマシだったんですが
「オサレな俺たちが辺境に行って思わず吹いた的な企画本」だった。

しかも、この冒頭に名古屋が登場するんです・・・。

この描き方が酷い。

共著なので他の執筆者も出てくるんですが
アート系の都築氏の名古屋への偏見がキツい。

それをニヤニヤ聞いていて
「それは言いすぎだよ」と言いながら一番楽しんでいる
いじめっ子のボス視点なのが
村上春樹センセイなんですよね・・・・・・。

どれくらい酷いのかちょっとまとめてみる。

この本の共著者である都築響一さんの意見は以下

P52:「人は大阪で笑い、名古屋を笑う」←酷い(涙

P52:「みんな名古屋をバカにするけど、
    言ってみれば日本は世界の名古屋」←いろいろな意味で酷い

P53:「関西だって名古屋のほうなんか見ていない」←涙

P53:「名古屋に生まれて、名古屋の大学に行って、名古屋の企業に勤め
あるいは大阪や東京に出てもすぐに帰ってきてしまう、そんなふうに
名古屋で純粋培養された人たちが、この都市にはあきれるほどたくさんいて、
なんの焦りも疑問もないまま、楽しいぬるま湯生活を送っている」←これ、多崎つくるのモトネタ?

P54:「名古屋は日本の脇の下」
「ならば行ってみようじゃないか、日本の脇の下の匂いを嗅ぎに」←哀しくて言葉にならん・・・。

===============================

そういえば、この本が出た直後に、
mixi経由で東京のサブカル系から

「最近、うちらの間で名古屋に行くのが流行っているんだ」

「1泊2日で行くから、おすすめの場所ある?」

・・・・って聞かれて、張り切って答えていたんだけど
たぶん、この本がモトネタだ・・・。

なんだか、張り切って答えていた自分がバカみたいです。
======================



この本、都築さんの意見があまりに酷過ぎて、村上春樹センセイの
意見がマイルドに見えるトリックがあるんだけど、
実は村上春樹が一番名古屋をバカにしているような気がするのが以下・・・

名古屋のグリーンベルトの雑草を見て・・・

「なぜかこれまでつきあった女の子のことなんか
いちいち思い出しちまったりして、
けっこう和みました」(BY村上春樹)

作家だけに、心底バカにしているのを
文学的表現にすり替えているような気がする・・・。

まず「これまでつきあった女の子」ってところで自分の異性遍歴をにおわせ、
さらに「過去の遺物感」と「それを上から目線で見る僕」
「そしてそれをうまいこと表現できちゃう文化的雪かき仕事の僕」

・・・・・っていう自意識4重層を感じるんだ、この短文に。
シャレオツGメンたちのネタになっている名古屋・・・。

ついでに村上先生は対談コーナーでこんなことも書いている。

「たとえば僕が、青少年で18か19ぐらいで
あそこ(名古屋)でどうデートするかというイメージが全然浮かんでこないんだよね。」

村上センセ・・・私は18歳のときも、19歳のときも
よく村上春樹センセイの小説を読んで過ごしていたのですよ。

思い出:http://riekonaito.blogspot.jp/2012/09/blog-post_3173.html


10代の自分にとって、村上春樹は文化の入り口であり
都市生活への憧れであり、
そのなかでも日々を大切に生きていくということを教えてくれたり、
本当に大切な存在として
本棚に「村上春樹センセの特別コーナー」をつくっていたくらいだったのです。

文化的なものに対する飢えがあったからこそ、貪るように
本や映画、音楽にのめり込むことができたのに、
作家さんのほうが、そのようなことを考えていたなんて・・・

さらに。対談コーナーでの名古屋へのdisりかたが半端ない。

村上センセ(作家):「名古屋ってアイデンティティのすり替えを、
わりに簡単にできちゃうんじゃないかな。
パソコンのカード入れ換えるみたいにさ」

都築氏(アート系):「それは元が薄いからじゃないの?」

吉本(ananで活躍したスタイリスト):「入りやすいのよ。だって京都とか・・・」

あまりにも名古屋がバカにされている様子に
怒りで手がぷるぷるしていたら鋭い指摘もあった・・・(以下)

「実家暮らし率が高い=街が青少年のコミュニティにならない」と
いう村上氏&都築氏の意見は
まさにその通りでありまして、実家暮らし率の異常に高い名古屋では
石田衣良の小説的なことは確かにおこらない。
(たまに、東京に実家のある若者が実家を離れたくて
わざわざ名古屋に一人暮らしするパターンを数件知っていますが)

でも、「妥当だ」と思える指摘は「若者の実家暮らし」くらいで
あとはたんなる「名古屋をバカにする都会人の内輪ネタ」という感じ。

==========================
さらに読み進むと、P119あたりに『多崎つくる~』の
まさにモトネタとなるものを発見することになる。

都築:「村上さんがいちばんひどいこと言っているんだよ」

村上:「そんなことない。いじめてないったら。
これは一種のポストモダンの世界じゃないかと
僕は指摘しているんだ」

そして、村上センセイはこう言った。

「物語性を拒否した場所ということで、
いわば再構築して読みこんでいるわけだよ」

都築:「再構築?!ク~~。」

・・・・・・・・・・・・
そして、えげつないことに、村上センセは名古屋という土地の文化を
「家庭内S●X」に喩えて対談終了。

つまり、こういうことだったのだ。==========

トラベルエッセイの共著企画で、
TOKYOに暮らす最先端なオシャレ作家である村上センセは
同じくオサレ最先端なアートな仲間と物見遊山的に
「変なところ」を見に行くことになった。

真っ先にシャレオツGメン達の標的になったのは名古屋。

村上センセは「名古屋にはパスポートが要るんじゃないか」とまでおっしゃる。

村上センセの仲間は「名古屋」をぬるま湯に喩えた。←多崎つくるの設定

村上センセ本人は、
大作家である自分が
名古屋という無文化地帯=ポストモダンと解釈しなおし、
あえて、そのポストモダン的な場所を舞台設定にして
物語の再構築をしてやろうじゃないか←これ、たぶん、多崎つくる書いたモチベだ

・・・・・・・・・・・と鼻息荒く、名古屋を上から目線で描いたのが
この本http://riekonaito.blogspot.jp/2013/04/blog-post_13.html
だったんですな・・・。

で、ユリイカに寄稿したのがこれ
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/03/590.html

ソフト・ランディングなんてかっこいい言葉に言い換えても
トラベルエッセイにモトネタ載せてるじゃんか~

よせばいいのに、名古屋のメディアは『多崎つくる~』発売直後に
「村上センセの新刊は名古屋が舞台だわっしょい記事」まで書いてしまって・・・

『地球のはぐれ方』を読めば、彼が
どんな視点で名古屋見てたんだかわかるのに・・・。

本当のオチはエッセイの外にあるのでは?=================

村上春樹のトラベルエッセイは
無意識下でずーーーーっと続いてたんだと思う。
知らぬ間に、村上先生は名古屋に住む妖怪に憑りつかれていたのでは。

妖怪に憑かれたまま、名古屋旅行から何年も経ったのちに、
名古屋を舞台にした小説『多崎つくる~』をうっかり書いて
世に出したら、むしろ、時代や読者のほうが
変わっていて(ネットの影響もあるかと)
「郊外の空気をむしろサブカルが余裕で嗜める」までに
なっていた。

代表作:http://riekonaito.blogspot.jp/2012/09/blog-post_7.html

その空気の中で、妖怪に憑かれたまま
上から目線で名古屋を描いた
村上春樹先生がどうなったか?といえば・・・
逆にこのようなことになった。

このようなこと:http://rocketnews24.com/2013/05/09/326499/

村上春樹先生は「オシャレな自分が書いた本は
TOKYOのオシャレな仲間が読む」
と思っていたのだろうか。
でも、TOKYO生まれTOKYO育ちの都会っ子は
わざわざ村上春樹読む必要がない。

京都生まれ、兵庫育ち、東京都在住の村上春樹センセだからこそ
地方に住む若者の「憧れ」を作品にできたんじゃなかろうか。
そして、私みたいな都市圏で暮らしたことのない者が憧れと共に物語を消費した。

『地球のはぐれ方』を読むと
村上春樹センセは名古屋の喫茶店を
面白おかしくいじるのがお好きなようだが
愛知県内の喫茶店に生まれた自分は
オシャレな村上センセの本を読んではいけなかったのでしょうか。
私なんぞがファンでいて、本当にすいませんでした、
という気分になりました。

東京に住んだことがないからこそ、作品の中で脳内ジェイズバーに行き
そこから脳内いるかホテルやハワイや世界の終わりに旅行に行く気分になれた
村上春樹の世界は10代の自分には愉快な冒険譚に思えたもんだ。

かつて村上春樹センセの都市型ライフスタイルと
女神転生の世紀末イメージが交差していた
私の脳内TOKYO。(メガテンは現役でプレイ中)

村上春樹センセの見せてくれた夢は自分にとっては大切なものだった。
青春の思い出はなかなか捨てられないもので
いまだにどこかで「深読みできないものか?なんかあるじゃないか?」
とのぞみを棄てずにいた。

マラソンする俺かっこいい的な写真や
カジュアルすぎる服装で度胆を抜かれた件も
見て見ぬふりをする努力をしていた。

でも、今日、諦めがつきました。
(とかいいつつも、その考えを覆すような
文学批評とかあったら読みたいので
教えてください・・・)

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