2014年1月6日月曜日

山之内靖『マックス・ヴェーバー入門』(岩波新書)

年末年始はなんだか気持ちが空回りしてしまいますなぁ。

私は通販の鷹の爪福袋の発送が今日からだと気がつかずに…
元旦から鷹の爪福袋を待ちわび、
煩悩を消すために苔を熊手で掃除したりしているうちに
なんやかんやでもう6日です。

昨日、ツイッターで福袋の発送が6日だと
教えてもらうまで福袋わっしょいしてしまいました。

おかげでラカンのいう対象aがなんなのか
わかってきたような…。対象a↓

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☆おまけ・干支が一周するまでを振り返る☆

前回の午年から今回の午年の正月まで何をしていたのか?
干支が一周まわるうちにどのような変化があったんでしょうか?

12年前(2002年)のお正月:似顔絵師をやっていたが、
                なにもかもうまくいかない。

11年前(2003年)のお正月:2003年のお正月から突如似顔絵が売れ始める。

10年前(2004年)のお正月:大学院受験のための準備。プラトンとか読んでた。

9年前(2005年)のお正月:クリスマスに教会のミサに行ったら
               風邪ひいて体調が悪化。

8年前(2006年)のお正月:修士論文出し、博士課程受験のための勉強。

7年前(2007年)のお正月:博士課程入ったけど道程が遠すぎて
               途方に暮れていた。

6年前(2008年)のお正月:はじめての著作を出した直後でわっしょい祭。
あと、映画の小道具イラストの仕事を必死でこなしていた記憶がある。
初めての著作を出して、ちょっといい気になっていたが…
すぐに、研究者としては何の成果も出せていない焦りのほうが大きくなった。

5年前(2009年)のお正月:焦りからスランプが来て、
そこから諦めへと移行する直前に
「もう一度だけ粘ってみよう」と思い直したあたりです。

4年前(2010年)のお正月:論文完成したが、疲労困憊で倒れる。
博士論文審査会に這ってでも行かねばばらぬと決意する。

3年前(2011年)のお正月:『哲学はランチのあとで』を出版しようとして奔走。

2年前(2012年)のお正月:疲労困憊で倒れていたが、なんとか
講義を面白くできないものか?と『ヤンキー文化論序説』を読んでいた。

1年前(2013年)のお正月:元旦に鷹の爪にハマる。それをブログに綴る。
それと、博士論文出版まであと数ヶ月というところまで、ようやくこぎ着けたところ。

今年(2014年)のお正月:鷹の爪の福袋を待ち続ける。
福袋への煩悩を消すために
苔を熊手で掃除する。
そして、5日に福袋の発送は6日だということを教えてもらう。

今年の「鷹の爪の福袋を待つ」というお正月は
この12年のうちで、いちばん心躍るお正月の過ごし方だったように思えます。

鷹の爪団と団員のみなさまに感謝です。
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しかし、アメリカの入植者がピューリタンだったのに
なぜ資本主義万歳になったのか?という新年の課題がまだ
保留のままなのでありました。

課題:http://riekonaito.blogspot.jp/2014/01/blog-post_1633.html

これに関して、facebook経由でコメントがつきました。

しーもあさんのコメント:幼少のころから見せつけられて来た、
選ばれた連帯感を持った人たちが世界を救うというアニメやマンガの源流は
ピューリタンが元型だったのか??

氷川博士のコメント:宗教的にはピューリタンに近い人達だったとも思うけれども、
基本的には重商主義の追放された商人の色彩の大きい人達だったともうよ。
そのコミュニティの核にピューリタリズムがあっただけじゃににゃいかなw


ということでした。

私はこの信仰と資本主義…の間を埋めるのが
ヴェーバーな気がしてならないのです。

そこで、家にあって眠ったままだった、
マックス・ヴェーバーに
関する新書を開いてみました。



この本のP66〜あたりが答えになっている気がする。

1)ヴェーバーは資本主義精神の例示として
ベンジャミン・フランクリンを取り上げている。

2)若い商人に対するフランクリンの指南書を読むと
倫理性の中に非合理制が含まれている。

↑つまり、自己啓発本の中に宗教的要素が見られる的な

3)フランクリンはいっさいの幸福主義や快楽主義には目もくれず
生涯を職業的な労働に捧げるのだ、という観点が終始一貫している

4)ヴェーバーはここに「およそ無意味なことと言っていいほどの
厳格で禁欲的なエートス」「倫理的精神」を見いだしている

5)ここで、著者がおもしろいエピソードを展開しはじめる。
著者が東大で土屋先生の日本経済思想史を聞いた時の話…

*土屋先生は禁欲的労働の精神は井原西鶴『日本永代蔵』をはじめ、
その他江戸期の商人の生活世界を援用しながら
近世大阪商人がいかに勤勉だったかを語っていた。
さらには、当時の大阪商人が45歳くらいで引退して
俳諧とか茶の湯を通じて精神的世界に遊ぶ。

↑これをヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の
禁欲性を示していると同時に、それよりも高級とした

6)でも著者はこの土屋先生に反論している。
ヴェーバーのいうところの精神は
「神から背負わされた義務として、死の瞬間にいたるまで、
 自分の手足が動くかぎり実践し続ける。
 人生の目的はそれ以外にはないとする。」

・・・それがプロテスタンティズムの倫理であって、
大阪商人のものとは違う。
(というか、恩師に対する反論を新書に書くなんて凄い)

7)ついでにもっと歴史を遡ると・・・
ヴェーバーは中世に資本主義精神の原型を見ていて
資本主義の原型は修道院生活の中にすでにあった。

8)ヴェーバーの指摘:修道院生活の中でもシトー派は
修道院の中で合理的な生活を営んでいた。
それに対して宗教改革がもった意味は
修道院という世俗から切り離された特別な空間の中で
行われていた禁欲的で合理的な労働を、日常の職業労働という
場に解放し、引き入れたという点

9)ヴェーバーは1920年版でウェズリーの論述を追加している

それはこういうもの

「宗教はどうしても勤労と節約を生み出すことになるし、
 また、この2つは富を生み出すほかはない。
 しかし、富が増すとともに、高ぶりや怒り、
 また、あらゆる形で現世への愛着も増してくる」

「こうして宗教の形は残るけれども、精神は次第に消えていく」

とりあえず、昨日の課題だった
映画スカーレットレターと踊るデラックスファイターの点線は
なんとなく繋がった気がします。

ピューリタンとデラの点線は以下へ
http://riekonaito.blogspot.jp/2014/01/blog-post_1633.html


====ここで、ドラマティックな展開が…ヴェーバーが
キリスト教の枠組みから脱出するまでに深刻な神経症にかかったそうで===

続きは次回。


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