2014年7月6日日曜日

世界の宗教(14)

☆前回の質問&回答
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☆空海の世界を小説で読む

東洋哲学へGO

この本がとてもわかりやすい

この本のP69

この本のP68をまとめるとこうだ・・・

*「色即是空、空即是色」
の空というと、何もない空っぽの状態と
受け取るかもしれないが、じつはそうではない。

*存在の現象のいっさいは、実体、本質を持たず、
縁起(関係しあうこと)によって生じている。

*それが空の意味するところである。

*色は「肉体、物質」のことだが
それらの本質は「空」である。
その空であるものが物質としてこの世に生じている

*我々が生きている世界は
そうした現象が集まったものだ・・・とするのが「空」

そして、その世界観を端的に表現しているのが
・・・・・・・・・・・・・『鷹の爪』の以下の回というわけです。

(以下の動画、スマホで再生されない場合はPCで)


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☆そもそもなぜ映画『茶の味』は「茶」なのかという話

東洋✖️西洋=茶

1)茶の本
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/12/blog-post_13.html

2)仏教と茶
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/11/blog-post_3.html

3)わび・さびとは…?
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/11/blog-post_11.html

4)茶室見学
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/11/blog-post_14.html

竹と宗教:http://riekonaito.blogspot.jp/2013/11/blog-post_1311.html

5)そして地元に着地する
http://riekonaito.blogspot.jp/2013/11/blog-post.html

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以下はシラバスの内容をカバーするためのリンク集です。
(講義前にリンク集をあらかじめ読んでおくなど
みなさんもご協力よろしくお願いします)

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1)〜5)までは先週やりましたね
http://riekonaito.blogspot.jp/2014/06/blog-post_3205.html

6)儒教

7)道教
道教とは「中国に古くから伝わる
さまざまな神々の信仰や呪術を集大成した宗教」

解説はここに:http://riekonaito.blogspot.jp/2014/06/blog-post_24.html




老子:思想の中心は「道」
道は天地よりも先にあって、すべてのものを
生み出す根源で、天地のあらゆるものに
いきわたっている。
道は知覚できないが、あらゆる現象は
道のはたらきの結果。
道は真の実在。

荘子:↑をさらに深化させ、
道そのものと一体になることを目標。
老子よりも神秘的で、道との合一による
個人の救いが説かれている。
道と合一した人ってどんな人?

ズバリ仙人!(紀元前3世紀に神仙思想広まる)

実は日本でも流行していた神仙思想↓

8)茶の本→これは既にやりましたね

9)古代イスラエルの宗教
既にやりましたが、念のため
復習リンク集を貼っておくと以下

イカと旧約聖書

旧約聖書の神イメージ

旧約聖書の神には善悪両面あったという説

映画『エレファントマン』に引用されている旧約聖書

旧約聖書の概略

旧約聖書と私の拾ったコイン

旧約聖書の神には善悪両面あったという説

10)原始キリスト教
イエスの昇天後、弟子たちは
エルサレムで布教をはじめた。

ユダヤ教側は「放っておけばそのうち消える」と
思って放置。

1世紀半ばに分派する。(保守VS自由な立場を主張する派閥)
原始キリスト教の時代にキリスト教はユダヤ教から独立すると
同時にヘレニズム文化の強い影響を受けた。

ヘレニズムと結びついたさまざまなキリスト教が生まれる→
そのなかでも盛んだったのはグノーシス主義(心身二元論)

→それに強い影響を受けたのがゾロアスター教系のマニ教

11)キリスト教の広がり→これは既にやりましたね

コンスタンティヌスの存在とクリスマス

島耕作×コンスタンティヌス




中世キリスト教の世界観

英国国教会✖️マンガ『魔界王子』

13)〜15)←既にやりましたね

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激変する墓石と激変するお葬式

そもそも墓石とは
 そもそもの話、浄土真宗および日本海側(浄土真宗だけではなく他宗も)の地方では、無墓制であった。浄土真宗と他宗が混在している地域では、墓石ではなく「自然石」が墓標として埋葬箇所に設置されていたが石工が加工した墓石ではない。現在「お墓」と認識されている角柱型石塔は中世には存在せず、近世に発生した石塔からの発展形態である。(参考:岩田重則『「お墓」の誕生』)
 さらに古代から遡ってみよう。水谷類「不可知の墓制」(岩田書院『墓制・墓標研究の再構築』収録)による墓所の分類は、古代「モガリ・ハカ印・祭所」(墓誌自体ができたのは圭室諦成氏の奈良時代という説が有力か)だったものが中世前期「葬所(風葬や供養石塔)・墓所・霊地納骨」に展開、中世後期になると「葬所・墓所・霊地納骨」の他にラントウ(ラントウとは家型または堂塔型の墓上施設で、内部には墓塔や仏像を収納する構造物のこと。都卒天浄土をかたどって造立された)という方法が生まれてくる。石造ラントウは中世後期から近世後期にかけて急増した。(木造のラントウに関しては朽ちてしまって残っていない)
 近世になると、それが「土葬墓地・石塔墓地・祭所(氏神・仏壇)」と展開。ラントウの祭祀機能が「氏神や仏壇」に転化し、石塔墓地には「墓参り」という宗教的慣習が残された。墓地に公共性が出てきたのはこの頃である。『月刊住職』20145月号に村上興匡氏が指摘されているように、1884年に「墓地及埋葬取締規則」が制定され、これが埋葬法の原型となったからだ。さらに明治期において「家」が、法律的に整備されたため、「家墓」が一般化された。これが現在の「先祖代々の墓」の原型であろう。

寺院と墓地はどこで結びついたのか
 境内墓地・寺院墓地の成立については、佐藤弘夫『死者のゆくえ』に詳しい。佐藤氏は静岡県磐田市の一の谷遺跡において、16世紀末まではその墓所が使用されていたものの、16世紀末を転機として郊外の集団墓地から市中菩提寺の境内へと移行していること、そしてそれらが全国的に行われた転換であると考察している。(圭室諦成氏は15世紀以降に仏葬が庶民のあいだに浸透したとしているが、だいたいその時代が転換期であると言える)その移行が幕府の行ったものなのか、果たして自然発生的なものなのか、については竹田聴洲氏の考察が妥当であろう。竹田氏は<<家と仏教との通史的結合が、行政的に規制されて特殊・近世的な形で表れたという処に寺請檀家制の本質がある>>と考察している。
 つまり、寺請制度により強制的に寺院墓地が普及したわけではなく、もともと家と先祖祭祀が結びついていたところへ寺請制度が整備されたというわけである。とはいえ一概にも言えない。いうまでもなく有名な高野山の墓所の成立過程はまた別の基盤があり、高野山奥野院が墓で埋まっていることに関し、その始まりを弘法大師伝説に見ており、起源を平安末期としているのが藤井正雄氏である。

 霊場において信仰と墓所が結びついた経緯、先祖の功績を讃え菩提寺に墓石を建立した武士、寺請制度により寺院墓地に眠ることになった庶民など、境内墓地に眠っている先人たちの事情は様々である。
 しかも、寺請制度によって、一度にズラッと寺に墓が並ぶようになったわけではもちろんない。寺院墓地の成立過程については、朽木量氏の研究。朽木氏の「近代墓標研究の成果と総合的な墓制研究への期待」(岩田書院『墓制・墓標研究の再構築』収録)では寺院墓地の形成過程を丹念なフィールドワークにより明らかにしているが、江戸時代に寺院に墓地が形成されていった過程は、寺院によってまちまちのようである。ある寺では最初に区画割りができ、ランダムに墓標が立ちはじめ、各家毎の墓域が完成していくにつれ凝集形態を示すようになったとされ、また別の寺では家老クラスの家の墓や住職の墓を中心に、その後は入り乱れて展開されている。
 それ以前に、なぜ「家の祭祀」と菩提寺が結びついたのかについては、新谷尚紀の『お葬式』(吉川弘文館)に詳しい。10世紀あたりから火葬によって遺骨の一部を抽出して寺院やお堂に納骨する方法をとる時代へ転換、そこで貴族と武士の葬送観念に相違がでてきた経緯が挙げられるだろう。貴族は「まつりごと」をする身であるため、死は避けるべきものと考え、武士は「身体の損傷はむしろ、奮闘の証だから戦闘死した人の遺体は祖末にしてはならぬ」という考えを持つに至った。それどころか、遺体を埋めた場所に菩提寺をつくったほどであった。「供養と記念」が武士の葬送観念の基本になり、それが庶民にまで行き渡った結果、自分の生きた証を石碑で残し、それに子孫が参るという習慣が出来たのである。しかしながら、石碑で生きた証を残したい、自分が先祖となって後の子孫に墓参されたいという願いは、個の時代となり今後は消えてしまうのか。



高野山内の武士の墓


 現代日本における「合葬で良い」という思想の背景には、「継承者がいない」「遺族に負担をかけたくない」という理由の他に「継ぐべきモノがない」という一面があるのでは。先祖代々継いで行く商売や工芸の技術は途絶え、輸入品や大企業が生産したモノをただ消費していく現代人。ちなみに墓石もほとんどが海外製品なのである。代々継いでいきたい「想い」が消滅すれば、自ずと「墓石を建てたい」というモチベーションも消えよう。

現代の「一般的な墓」は幻想か
 墓参の習慣は、明確な宗教性のある・なしに関わらず、半ば宗教行為だと見なしてもいいだろう。しかしながら、五輪塔(鎌倉時代前期〜室町からさかんに作られた)は仏教的(密教)の思想がベースになっていたが、和型は和風といえども実のところは日本的な思想は見られないのである。和型の墓石のベースにあるのは道教の「福禄寿信仰」とはされているが、むしろ福禄寿信仰をもって和型を建立する日本人など皆無に近いはずであるから、信仰と切り離された単なる墓標と言えるか。(もちろん言うまでもなく現在でも五輪塔の墓石を建立する者はいる)
 江戸時代の石塔建立には身分によって傾向が違った。圭室氏の「大名は多く五輪塔・僧侶はラントウ・庶民は方型無蓋」という石塔の分類がわかりやすいだろう。



高野山に建立された苔むした五輪塔
 

 佐藤弘夫は『死者のゆくえ』の中で、「おおよそ15・16世紀を転換期として、死者のために建立される石塔は、不特定多数の霊魂救済を目的とした供養塔から、特定の人物の遺骸ないし遺骨に個別に対応する墓標へと、しだいにその性格を転換させている」とその質の変化を指摘しているが、その延長として現代社会を置いてみると何が見えるか。

2013年10月号 P114~P119
「デザイン納骨堂がはやる理由は他界観の変化か」


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